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第10章  出入り?(3)

 どさりと茶の間に寝転がった僕をトシが上から覗き込んでくる。


「なんだ。今のは」


「僕のいとこ。キーファー」


 電話の内容は、全部筒抜けだっただろう。一族は耳がいいからね。


「当日、どれだけ殺しても、彼の組織が綺麗に掃除をしてくれる」


 トシが眉を顰めた。


「死体も残さず、綺麗さっぱり。それが彼のビジネスだからね」


 そう。だからキーファーに連絡した。


 キーファーは血液の収集もしているけれど、こういうときの死体の始末もしてくれる。血は一族のルートへ。臓器類は闇業者へ。一部使えないものは、そのまま処分だ。


 直接フレッドに連絡したほうが早いと思うんだけど、そんなことをやったらキーファーが拗ねて、後が大変なことになるのは目に見えていた。だからキーファーに連絡したんだけど…疲れたよ。


 それから僕はデイヴィッドとジャックのほうへ視線をやった。


「お願いがあるんだけど」


 僕の言葉に二人が怪訝そうな顔をする。


「拳銃を手配してもらいたい」


 そう告げたとたんに、二人がにやりと嗤う。


「そのぐらい、朝飯前よ。マスター。任せておいて」


 デイヴィッドが僕にウィンクした。


「僕の刀はトシに預けるから。慣れた得物のほうがいいでしょ?」


「わりぃな」


「別に。拳銃は久しぶりだけど、使えないこともないし。まあ、いざというとき用だし」


 トシが問うように僕を見る。僕はひょいと肩をすくめた。


「狭い場所だからね。まあ、ナイフか…素手のほうが戦いやすいかな。僕としては」


 デイヴィッドがニヤニヤと嗤う。


「ナイフね~」


 思わず彼を睨みつけた。


「そこで変な勘ぐりしない」


「うふふ」


 止めてくれよ。父さんに似ているとか言おうものなら殴ってやろうと身構えたけど、さすがにそこから先は口にしなかった。


 決行は夕方から夜にかけて。どうせこの東京で真っ暗闇になることなんてない。トシが一番お礼をしたい人間が残っている時間で、そして暗い時間を選ぶ。結局、近藤さんを狙ったのも、今まで散々嫌がらせをしていたのも、末端組織の人間だ。まず僕らはそこを叩くことにしたわけだ。


 それともう一方のデイヴィットたちは、この後の布石だ。第二段階のためのね。


 レイラがどうやったのか知らないけれど、事務所の中に盗聴器とマイクロカメラを仕掛けて様子が見えるようにしていた。


 耳の中に入れた通信機でお互いの情報が伝達できる。手配したデイヴィッドが「最新型よ!」とはしゃいでいた。


 デイヴィットとジャックのほうへは李亮が張り付く。モニターを車内に設置した小型トラックに待機することになる。とは言え、さすがに丸腰にするわけにもいかないので、念のため李亮にも拳銃を持たせたけれど…不安だ。


「李亮」


「はい。マスタ」


「誰かきたら、逃げていいからね。っていうか、積極的に逃げて」


 そう言ったとたんに李亮が眉を顰める。僕は李亮の肩をポンと叩いた。


「大丈夫。この二人はプロだから。人が来たことだけ告げれば、後はどうにかしてくれる」


 李亮がデイヴィッドとジャックのほうを見れば、二人がしっかりと頷いた。


「こんなミッション、大したことないわよ」


「すぐに終わる」


 二人の頼もしい声を聞いて、もう一度李亮に言った。


「君の役割は、レーダーだから。いいね?」


「…はい」


 ちょっとだけ寂しそうな顔をして、李亮がうなずいた。


 こっち側はトシ、総司、それに僕。外が彩乃。そしてレイラが僕らの傍で二ヶ所の操作をするという。レイラには家からやれっていったのに、受け入れてもらえなかった。


「車で傍に行って、彩乃にモニターを見てもらって、私は妨害するの。ね? いいでしょ?」


 にっこりと笑うレイラは絶対に退かない構えだ。仕方が無い。


「彩乃。念のため、刀は持っていってね。でも殺さなくていいから。あくまで護身用で」


 彩乃がこっくりと頷いた。


「宮月。総司」


「何?」


「はい?」


 トシの呼びかけに、僕と総司が応えれば、トシが頭を下げる。


「今回は俺に譲ってくれ。おめぇらはわりぃが助っ人を頼む」


 僕は肩をすくめた。


「もとよりそのつもりだよ」


 僕が言えば、総司も続ける。


「分かっていますよ」


 トシがにやりと嗤った。


「ありがてぇ」


 そしてぐるりと見回す。


「よし。いくぞっ! えい、えい」


 トシの大きな声が響いて、そのまま静まった。


 …。


 Un ange passe.(天使が通る)


 フランスのことわざで、一瞬場が静まることを言うんだけどさ。なんか大量の天使が行進して行った気がする。


「な、なんだよ。てめぇら。応えろよ」


 あれか。「おーっ」とかときの声を挙げてくれるのを期待したのか。


「トシ」


「ああん?」


「このメンバーで、それを期待するのは無理だよ」


「日本語で言いやがれ」


 やれやれ。


「ここにいる人たちの大半が、外国人。文化がちょっと違う」


 「おーっ」とか、やることはあるけどタイミングが違うっていうか、今のでやるのは難しいな。上手く言えないけど。


「えいえいって言ったら、おうっ! だろうよ」


「いや。別に」


 僕が流したとたんにデイヴィッドが、口を出した。


「もういいわよ。行きましょう」


「Let's go.」


 ジャックまで口を出して、トシががっくりと肩を落とす。


「しまらねぇなぁ」


「はいはい。しょうがないよ。時代が違うからね」


 僕はぽんぽんと肩を叩けば、トシは恨めしそうに総司を見る。


「せめておめぇぐらい、応えてもいいだろうよ」


 総司はすまなそうにへにゃりと笑った。


「すみません。皆さんの反応がなかったので、躊躇してしまいました」


「ほら、トシ、諦める。行くよ」


 まだ文句を言い足りないトシを促して、僕らはそれぞれの目的地に出発した。


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