第10章 出入り?(2)
簡単な作戦と、用意と決行の日程が決められる。スケジュールがざっと決まったところで、僕は電話を取り出した。
「宮月?」
トシの呼びかけに、僕は人差し指を自分の唇に持っていくことで、静かにしていてという意思を示す。数回の呼び出し音の後に、ハイテンションな男の英語が僕の耳に響いた。
「やぁ~! アニキっ! 嬉しいぜ~っ! ひゃほ~。初コールだぜっ」
自分からかけたくせに、思わず電話を放り出したくなる。
「やあ、キーファー」
僕が名前を呼んだとたんに、電話の向こうで「な、名前を呼んでくれた…嬉しっ!」と身悶える声がした。聞こえなかったことにして、僕は続ける。
「君に頼みがあるんだけど」
「アニキの頼みならっ! 俺、何でもやっちゃうよ。何、何?」
「後始末をお願いしたいんだけど」
「ひゃっほ~。やっぱ復活だろ? 大人しいアニキなんて、らしくないし。やっぱクールなアニキがいいぜ。俺、行くから。ね? いいよねっ? アニキがヤるなら、俺行く。ヤる時のカッコいい姿を一番近くで見ないと。うう。感動だぜ。アニキっ!」
こいつ…。だめだ。話が進まない。思わずキーファーに言った。
「あのさ。キーファー。悪いけど、アルフレッドに代わって」
とたんに電話の向こうの声が低くなる。明らかに機嫌を損ねた声だ。
「なんで? どうして俺じゃダメなの」
「ビジネスの話をしたい」
「え~。俺はアニキと、血塗られた愛について話したい」
「一度死ね」
「そんな冷たいこと言わないでよ。アニキっ! 俺、泣くよ? 泣くよ?」
「泣け」
「俺の愛がどうして伝わんないんだよ~」
もう。本当に切ろうかな。僕はいとこのキーファーのイカレたような風貌を思い出しながら、頭が痛くなった。はっきり言っておくがキーファーは男だし、僕にその手の趣味はない。だからこれはある意味、キーファーの一方的なデモンストレーションだ。
彼の態度は本気なのかどうか、わからないのがデフォルトだ。ニューヨークに住んでいて、以前会ったときには、格好からして一見してなんだかよく分からない奴だ、ということがわかるようにしていた。きっと今もそのままだろう。
茶色の長髪のドレッドヘアに、山のようなピアス。刺青は入れようとしたけれど、僕らの肌だと入れた横から消えていくので諦めたらしい。その代わり、いつもじゃらじゃらとアクセサリーをつけている。ネイルアートをすることもあるらしい。顔つきが中性的だから妙に似合う。
服装はあちこちの民族衣装を混ぜていて、これまた男か女か分からないような服装をしていた。気まぐれにスカートをはくこともある。さすがにミニスカート姿は見たことがないけどね。それでいて一族の中では武闘派の筆頭だ。彼の戦闘能力は相当に高い。
昔、それもかなり昔。ほんの一時期、キーファーと一緒に暇潰しで色々と悪事をやっていたことがある。そのころの僕に対する印象が、どうやら彼からは抜けないらしい。僕としては若気の至りなんだけどなぁ。
ちなみに代わってくれるように頼んだアルフレッドは、彼の公私共のパートナーで、彼とは正反対に生真面目な雰囲気の男性だ。黒髪でアジア系の血が混じっているらしく、エキゾチックな顔立ちをしている。
「代わりました」
本当に僕が切ろうとした瞬間に、落ち着いた声が電話に出た。思わずほっとする。
「やあ。アルフレッド」
「…。あのですね。フレッドと呼んでください」
後ろからキーファーの声で「お前の頭文字がアニキと同じなのがいけないんだっ!」と子供のようにわめく声が聞こえた。あ~。僕の儀式用の名前が同じ頭文字なんだよね。それぐらいいいじゃん、と思うのに、キーファー的には許せないらしい。思わず僕は苦笑して呼び名を改める。
「フレッド。久しぶりだね。元気…そうだね」
「はい。私もキーファーも元気ですよ」
後ろで「なんで挨拶してんだよ」とキーファーの声がまたしても聞こえる。
「悪いけど後始末をお願いしたい」
「ええ。聞こえていました。時間と場所と規模を教えてください。あわせてスタッフを派遣しますから」
僕が彼と打ち合わせをしている後ろで、まだキーファーは駄々っ子のように騒いでいる。話を終えて思わずため息をつけば、フレッドがくすりと笑った。
「愛されていますね。少し妬けます」
「まあねぇ。でも君から奪うようなことは絶対ないから。安心して」
「それは信じていますから」
フレッドがくすくすと笑いながら返事をした。
キーファーが向こうで、僕に向かって「アニキっ! 会いたいよ~っ 愛してる~っ」と連発してくる。呆れたけれど、まあ、これだけ正面切って好意を示されれば悪い気はしない。
「はい。はい。僕も愛してるよ。いとことしてね」
そう言ったとたんに聞きつけたんだろう。電話の向こうでキーファーのテンションが上がった。
「愛してるぜっ! アニキ! いつでもいいぜっ! 俺の準備はOKだぜっ」
ゴンっと音がする。どうやらフレッドがキーファーをぶん殴ったらしい。
「あ~。フレッド?」
「はい」
電話に出るのは落ち着いた涼しい声。
「当日、キーファーを来させるなんてことはしないでね。邪魔だから」
フレッドが答えるよりも先に、世を嘆くような声で「酷い~っ!」とキーファーの声が答えた。やれやれ。
「分かっています」
「よろしく」
僕はわめくキーファーを無視して電話を切った。はぁ。疲れた。




