第10章 出入り?(1)
まだ近藤さんは意識が戻らない。たまに目を開けることがあるらしいが、すぐに閉じてしまって眠った状態だ。先日の言葉を確かめたいのに、目をあけている時間とお見舞いが上手くかみ合わず、結局確認できていなかった。
そして病院からの帰り道に、バー・ライトブルーを見に行けば…。
「次は覚悟しろ」
下ろされたシャッターに汚い字でそんな言葉が書かれている。それを見てトシはギリリと歯をかみ締めた。
「あいつら。ぜってぇに許さねぇ」
そんなトシの肩をぽんぽんと叩いた。
「まあ、嫌っていうほど後悔してもらおう。うん」
そう慰めれば、トシは納得しない顔のまま車に戻るべく踵を返す。
しかし…ここまでやるもんなのかな。寄生虫が宿主を殺したら、それこそ意味がないと思うんだけど。何かお互いにお互いが引くに引けなくなって、とばっちりがこっちに来ている感じだ。まあ、僕らに手を出した以上、もうそのあたりは関係ないけどね。
家に戻って、茶の間に集まった皆の顔を見る。敵の情報は基本的に全部押さえられたと思う。レイラのおかげだ。
あの日、亜紀さんを襲った連中と、バー・ライトブルーを襲った連中を洗ったところ、別組織だった。つまり敵対した組織がそれぞれ行動を起こしたわけだ。亜紀さんのほうは嫌がらせの延長なのか、そうじゃないのか、良く分からないけれど。
とにかくトシに手を出した連中は特定された。しかも教会を燃やしたのも同じ組織だ。こうなったら、こっちからも徹底的にやってやるのが一番だろう。
「徹底的に思い知らせることって何やんだよ」
「ちょっと考えれば分かると思うんだけどね」
そう言ってから、僕は皆に考えを披露する。とたんに納得した顔と呆れ顔が並ぶ。レイラは僕が情報を調べてもらったから、ある程度は予想がついていたんだろう。諦め顔だ。
「なるほどな。こいつぁ、奴らが売ってきたケンカだからな。仕方ねぇ。高値で買い取ってやらねぇと」
トシはにやりと満足そうに笑った。近藤さんがやられたこととは、本当に彼の逆鱗を逆撫でしたらしい。
「わりぃが力を貸してくれ」
無言で頷く顔を見ながら、トシが軽く頭を下げた。
「あとは…やるなら…目撃者はナシだ」
「あん?」
僕の言葉にトシはいぶかしげに僕を見て、そしてデイヴィッドとジャックはすっと目を細める。
「現代で目撃者を残すってことは自殺行為だ。犯罪者として追っかけられるからね。だから目撃者は残さない。それから監視カメラの映像もすべて残さない。つまり綺麗に後始末するってことだ」
誰かの喉がごくりと鳴る。
「良くわかんねぇが、ここはおめぇの時代だ。いいぜ。それで」
トシが納得したところで、僕は大きく見取り図を広げた。レイラが入手してくれた建築図だ。それが二枚。みんなが図面を覗き込む。
「襲うべき事務所は二ヶ所。車で移動すれば一時間もかからない」
僕が言えば、トシがトントンと図面を指で叩く。
「入り口は一つか」
「そうだね」
「まずは下部組織の小さな事務所だからね。まともな見張りはいないようだし」
僕の言葉にレイラが続ける。
「組員も十人程度って感じね」
トシが考え込んだ。しばらく沈黙が続く。
「おい。おめぇ、一度に二ヶ所の監視を潰せるか?」
トシがレイラを見た。レイラがにっと嗤う。
「そのくらい簡単よ」
「二手に分けるか…二ヶ所を回るか…」
トシの言葉に僕は軽く片手を上げる。
「どっちにせよ、戦力から李亮と彩乃は外して」
「お兄ちゃん」
「マスタ」
僕は二人に向き直った。
「これは僕のわがまま。二人には人を殺して欲しくないし、そんな現場に居合わせてもらいたくない」
僕の言葉に二人が何か言いたげな表情で僕を見るけれど、それは聞けない。
「だから当日はバックアップに回って」
「バックアップ?」
彩乃が首をかしげる。
「そう。彩乃と李亮は現場周辺の警戒をして」
そう伝えれば、彩乃と李亮が真面目な顔をして僕を見る。
「無関係な人を巻き込まないように現場から他の人を排除しておく必要がある。だからそれを二人でやって」
そこまで言って漸く納得したようだ。二人は大きく頷いた。
「マスター。十人程度だったら、片方は私達でやるわよ?」
デイヴィッドがジャックを肩で示しながら言い、ジャックも頷く。
「すぐに制圧が可能だ」
まあそうだろうね。トシを見れば、しばらく考え込んだ後に僕らをぐるりと見回した。
「よし。じゃあ、二手に分かれようぜ」
皆がその言葉に頷いた。




