間章 ある日(午後・2)
ふっと亮を見れば、楊枝だけを持って、楊枝と羊羹の間で視線をさまよわせている。まったく遠慮しやがって。
「ほれ。食え」
羊羹の皿を差し出せば、おずおずという感じで楊枝の先を羊羹に刺して一切れとった。一口食べるときに、俺をちらりと見て、さっきよりは大き目に食べる。
嬉しそうに少しばかり持ち上がった口元が、やっぱり小動物を思い起こさせる。ハムなんとかはわからねぇが、栗鼠っぽいな。
ついでに奴の母親にも勧めるように皿を差し出せば、おずおずと手を伸ばしつつも、にっこりと笑って会釈をした。言葉が通じねぇが、気持ちは伝わったらしい。
「宮月は…猫だな」
さっきの人を犬に例えてくれやがったお返しの意味も込めて俺が言えば、その言葉に宮月が視線だけで答える。そしてザラメを食べながら、嬉しそうに「猫か」とつぶやいた。
「なんだ。猫って言われて嬉しいのかよ」
俺の問いに宮月がにっと笑う。
「いや、猫っていつも寝てるし。いいな~って思ってたんだよね。だらだらできて、いいな~って」
「てめぇの印象であって、てめぇが猫になるわけじゃぁねぇだろ」
「まあ。そうなんだけどね」
そう宮月が答えたのを受けて、今まで黙っていた異人のねぇちゃんが口を開いた。
「あなたの場合、猫っていうよりは、猫だと思ってたらヒョウだったってオチよね」
その言葉に宮月が顔をしかめる。
「レイラ、君は絶対に僕のことを誤解しているよ。こんなに人畜無害な僕を捕まえて、どこが猫じゃないの。猫でしょ」
「お兄ちゃんは…猫じゃないと思う」
「彩乃まで…」
「だって…」
なんだか雲行きが怪しくなってきたんで、俺は口を出した。
「いいじゃねぇかよ。どっちでも。猫だ。猫。ただしこいつの場合、化け猫っぽいけどな。夜中に行灯の油でも舐めてそうだ」
その言葉に宮月が嫌な顔をし、ほかの連中が吹き出した。
「ねぇ。レイラちゃんは? レイラちゃんも…猫?」
皆の目が異人のねぇちゃんに集まる。えらく別嬪な猫だけどな。確かに色っぽいところは猫っぽいかもしれねぇな。
「私の場合は…ヒョウになりたかったのに、猫になっちゃった…感じかしら」
ねぇちゃんは、ちょっとだけ照れたように言う。そういや、こいつは宮月の奴にホの字だったよな。
「いいんじゃねぇか。おめぇも猫で。色気猫は化け猫に似合いだろ」
そう言った瞬間にねぇちゃんが、きつい目つきで睨んできたが、そこを宮月の声が遮る。
「よかったね~。レイラ。トシはレイラに色香があることは認めてるらしいよ?」
「私はコイツには認められたくないのっ!」
「ふんっ」と言いながら、ねぇちゃんがバリバリと海苔巻きを齧る。俺に見るなっていう癖に、さも見てくださいって格好をしてやがるんだ。こいつは。今日だって胸元が大きく開いていて、中身が見えそうになりやがる。
「てめぇが挑発するような格好して歩くからだろうが。俺らに見られたくないなら、宮月の前でだけしやがれ」
「別に挑発なんてしてないし。このぐらいは普通だもの。あなたがおかしいのよ」
「何言ってやがる」
俺たちが一触即発になりそうなところで、総司が「まあまあ」と分けて入ってくる。 そして「はい」とまだ2切れほど残っていた羊羹を差し出してきた。
「なんだ。こりゃ」
「羊羹ですよ?」
「いや。羊羹はわかるんだが…」
俺が怪訝な顔をしていると、総司が眉を下げて笑った。
「甘いものを食べると幸せになりますから。どうぞ」
思わず毒気を抜かれて、ねぇちゃんの方を見れば、あっちもそうだったらしい。俺と視線が合ってから、思いっきり逸らしやがった。そしてこれ見よがしに羊羹に爪楊枝を突き立てる。
「おいしいから食べちゃおう! 彩乃ちゃんも食べれば?」
おい。それは俺に差し出された分だろうよ。ま、いいけどよ。
ねぇちゃんから手渡された皿を、彩乃がにっこりと笑って嬉しそうに受け取った。最後に残った羊羹に爪楊枝を立てたと思えば、そいつを総司の口元に持っていく。
「総司さん。最後だから一口どうぞ。半分個しよ?」
「えっ」
総司は一瞬戸惑ったが、どうやら羊羹に負けたらしい。俺らの前でぱくりとやりやがった。見てらんねぇが、俺も宮月も見て見ぬふりをして…宮月と目があった。奴が意味ありげにニッと笑いやがる。
「幸せっていいよね~」
てめぇの頭はお花畑か。こいつ。だが、まあ、総司の幸せは悪くねぇ。俺たちに見せ付けなければ…だが。
文句は後で総司一人のときに言ってやることにして、俺はその場を納めることにした。




