間章 ある日(午後・1)
しばらく俺はデビたちと一緒に居たが、そのうちに飽きて、自分の部屋に戻った。八つ時…今なら3時か。その頃になると茶の間へと出向く。亮が茶と茶菓子を用意してくれるんで相伴に預かる。顔を出せばすでに宮月と亮の母親、それに異人のねぇちゃんがいた。ちゃぶ台の上には、旨そうな煎餅と緑茶だ。
茶の間で文字通り茶を飲んでいると、どこかへと出かけていた総司と宮月の妹が戻ってきた。いい加減、宮月の妹っていう呼び名はねぇな。彩乃って呼ぶか。
「彩乃、総司。ザラメ、買ってあるよ」
宮月が声をかければ、最初からそれが目的だろう。総司たちがにこにこしながら寄ってくる。煎餅に砂糖のかかったザラメは、総司たちの好物だ。俺たちはちょっとだけつめて、奴らが座れるように隙間を空けてやった。
「羊羹もあるから。李亮が並んで買ってきてくれたんだ」
沿線にある有名な羊羹屋で、明け方から並ばねぇと売り切れちまうという話をしていた。宮月が合図すれば、亮がすっと立ち上がる。台所に向かったから持ってきてくれるんだろう。
「話に聞いていたので、どれだけ美味い羊羹かと思っていたんです。食べられるのは嬉しいですよ」
総司が言うと、隣で彩乃もニコニコしながら頷いた。綺麗に切った羊羹と共に亮が戻ってきて、皆が楊枝の先で羊羹を刺して口に運ぶ。
「ああ。おいしいね。素朴な味だ」
宮月が言えば、総司も頷いた。
「混ぜ物がないですね。昔ながらの作りの味です」
確かにうめぇな。小豆の味がしっかりする上に、ちょうどいい甘さだ。安い羊羹を買うと混ぜ物の妙な味がしやがるのとは、大違いだ。それにこの茶も旨い。いい茶葉を使ってやがる。
この家は、食い物にはこだわってやがるよな。食う必要がないから、余計にこだわるのかもしれねぇな。
ちらりと見ると、亮が大切そうに少しずつ羊羹を口に入れている。
「おめぇ、もっとバクバク食え」
そう言ったとたんに、亮の手が止まった。
「まだあんだろう。ちんまり食ってねぇで、もっとどーんと食え」
奴は困ったように自分の手元を見て、俺の顔を見て、そして宮月に視線を移した。
「李亮。遠慮しなくて大丈夫だよ。食べたかったら、何切れでも食べればいいよ」
宮月が言えば、奴の頬が薄っすらと赤くなる。
「李亮さんって、なんかかわいいですよね。小動物系?」
彩乃が首をかしげながら言って、それを総司が慌てて止める。
「彩乃。男にかわいいは禁句だから」
「あっ。ごめんなさい」
亮が困ったような顔をして、俯く。
「あ~。たしかに李亮のイメージって、小動物な感じかも。ハムスターとか。なんかそんな感じ。癒し系?」
宮月が暢気に言う。そして俺のほうを向いた。
「トシは犬だよね。シベリアンハスキーとか」
「しべ? なんだ、そりゃ」
「犬の種類だよ。大型犬で、体躯が整っていて精悍な顔立ちをしている」
お、なんかいいこと言うじゃねぇか。と思ったら、次の言葉にコケそうになる。
「でも、馬鹿なんだよね~」
おいっ。
「俺を動物に例えるなら、狼ぐらい言いやがれ」
「あはは~」
宮月は煎餅を齧りながらへらへらと笑った。
「総司さんも犬?」
彩乃が口を開く。
「私も犬ですか?」
「ん~。なんか柴犬とか?」
いや、それ、かわい過ぎねぇか?
「分かる気もする」
宮月が口を開いた。
「柴犬って番犬になるでしょ。よそ者に対しては、警戒心が強くて、それに攻撃性も強いよね」
「はぁ。それって褒められてるんですか?」
「いや。どうだろ。なんとなく?」
「答えになっていませんが」
総司が納得していない顔で宮月を見る。
「ねぇ。わたしは?」
「うさぎ」
「うさぎ」
彩乃の言葉に宮月と総司の声が重なった。
「ああ。うさぎだな」
俺も言えば、彩乃が首をかしげる。
「おめぇ耳がいいだろ。動きがうさぎっぽいんだよ」
俺が言えば、さっきまで手にしていた煎餅は綺麗に無くなって、次はザラメに手を伸ばしていた宮月が「そうだね」と相槌を打つ。
「彩乃はかわいいから。うさぎのかわいい印象と一致する」
総司の言葉に彩乃がぽっと頬を赤くする。あ~。恥ずかしいから、こんなところで惚気んな、と心の中で文句を言っておく。
「うん。確かに」
総司の言葉にも宮月は律儀に相槌を打った。
聞き流すしかねぇな。俺はぼりぼりと煎餅を噛み砕く。今日の煎餅は海苔巻きだ。米の香ばしい煎餅に海苔が合う。うめぇな。これも。




