間章 ある日(朝)
---------------土方視点-----------------
ほぼ毎朝六時。俺は敷地内にある道場に行く。かっちゃんの仇をとるために動きたいが、あれがどこのどいつだったのかを先ず確かめるのが先だと、宮月に諭された。それもそうだ。仕方なく今日も俺は普段どおりに道場へと向かった。
本当は日の出と共にやりてぇんだが、宮月からそれだけは止めてくれと言われて、この時間にした。声を出すのが近所迷惑とやらになるらしい。稽古してんだから、いいじゃないかと思うんだが、現代とやらは面倒だ。
「おう。早いな」
がらりと道場の戸を開ければ、ジャックとデイヴィッドがすでに来ていて、無言で組み稽古をしてやがった。
こいつらのは西洋式なんだが、ずっと無言だ。なんでも戦場だと敵に気づかれるから、気合を入れる声を出すことはないらしい。立会いを主体とした日本の武道とは違う。
「おはよ」
一段落したところで、デビがひらひらと手を振り、ジャックも片手を挙げた。
「総司はまだか」
俺がきょろきょろと見れば、デビが意味ありげに笑う。
「昨晩は遅かったみたいだから…寝坊してるかもよ」
俺が怪訝な顔をすれば、デビが肩をすくめる。
「風に乗ってきちゃったのよ。稀にね。風向きが悪いと…二人の声が聞こえちゃうわけ。すっごく微かだけどね」
総司と彩乃は敷地の端にある離れを使っているんだが、俺らの耳は無駄にいい上に、デビとジャックの部屋は一番離れに近い。
「そいつぁ災難だったな」
俺の言葉にデビは軽く首を倒しながら斜めから視線を送ってくる。
「別に。驚くことじゃないし」
奴がさらに何かを言いかけた瞬間に、ガラガラと大きな音をさせて戸が開く。
「おはようっ…ございます?」
総司が慌てたように言葉を吐き出し、最後は俺たちの様子を見て疑問形になった。
「おう」
俺が片手を挙げれば、総司が首をかしげながらこっちへ歩いてくる。
「何をやってるんです?」
「いや。何でもねぇよ」
そう言ってから、俺はいたずら心がわいて、総司とのすれ違い様にこそりとつぶやく。
「首筋に赤い印がついてんぞ」
えっ! と声をあげて総司が片手で首筋を押さえ、それから手をはずして俺を睨んだ。
「ついているわけないじゃないですか」
打ち身すら消える身体で、印なんぞ残るわけがねぇ。俺はにやりと嗤ってやった。
「だったら、慌てる必要はねぇだろうよ」
まったく純真な奴だな。印がついていようが、いまいが、恋仲なんだから堂々としてやがればいいものを、妙なところで繊細になりやがる。その後、俺らは稽古を始めた。
稽古は大体昼近くまでやることもあれば、さっさと止めちまうこともある。今日は俺らの稽古は早めに止めにして、ジャックとデビの体術を見ていた。まあ、見取り稽古っていう奴だな。
稽古後、デビたちの部屋に邪魔をする。こいつらは三部屋使っていて、真ん中が「もにたぁるうむ」と呼ばれるテレビだらけの部屋で、左右がデビ、ジャック、それぞれの部屋だ。
最初に真ん中の部屋を見たときには驚いたぜ。壁一面がテレビだ。
「イギリスの屋敷のカメラよ」
デビはそう言って笑った。
どうやらデビたちは、普段は宮月の屋敷の警備をしていて、気が向くと戦場に出るということを一定期間おきに繰り返しているらしい。やつらに言わせれば、デビは屋敷の警備の責任者だそうだ。
仕事は他の連中に任せてきたらしいが、念のためこっちで映像を見られるようにしたらしい。あのねぇちゃんが何やら手伝ってくれたと言っていた。
「はい。トシゾゥ。紅茶」
デビが紅茶を持ってくる。最初は慣れねぇ味だと思っていたが、飲みなれると意外に美味い。周りがテレビだらけで、がちゃがちゃと画面が切り替わっていく。落ち着かねぇが、まあこれも慣れだ。
ジャックはじっとテレビのほうを向いていた。
「警備することに意味あんのか?」
俺がそう言えば、デビが驚いたように目を丸くする。
「そりゃ、あるわよ。泥棒が来るもの」
「ああん? そんな金目のものがあるのか?」
「あら。トシゾゥ、知らなかったの? マスター、すっごい金持ちよ?」
俺は一瞬言葉出ない。あいつが金持ち? 似合わねぇ…。金持ちっていう感じじゃねぇよな。
「この屋敷の中には先祖代々集めた秘蔵のコレクションが、実は隠してあるのよ。ま、ここだけじゃないんだけど」
「ここだけじゃない?」
「そ。マスターの祖父母の時代に迫害にあってから、財産はできるだけ分散させて管理するようにしているんですって。迫害された時代にかなり少なくなったらしいけど、それでも上手に隠した分は残っていたから、かなりのもんよ」
「そのこれ…なんとかって、どんなものなんだよ」
「ああ。コレクション? 絵画とか彫刻とか。宝石とか。屋敷の地下に行くと凄いわよ~。ちょっとした美術館」
俺は眉を顰めた。
「いいのかよ。そんなの俺に喋って」
「あら。良いに決まってるじゃない。トシゾゥのことは信用してるってマスターが言ってたわよ?」
「あいつが?」
「ええ。それにね」
そこで一瞬言葉を切って、デビが怪しい笑みを浮かべる。それは今までにない冷たい笑いだ。
「許可無しに屋敷に近づくなんて…例え一族でも…無理ね。私達の食事になるのが関の山よ。無理に突入してきたら、遠慮なく頂くわ」
肉食獣のような獰猛な目が俺を見やがる。
「生の血っておいしいのよ」
そう言って、デビはちろりと自分の唇を舐めた。こいつらがいるなら…並の泥棒どころか、蟻の子一匹、入ってくることができなそうだ。思わず無言になって紅茶を啜っていたら、電話が鳴った。ジャックの携帯電話だ。
ジャックが何やら話しをしているのがわかるが、内容はさっぱりわからねぇ。英語って奴だろう。
「なんか、機器の売り込みが来たみたいよ」
デビが言った。あれか。京に居たころも刀を売りに来る奴がいたが、そんなもんか。




