第9章 近藤さん(10)
近藤さんが運び込まれたのは都内にある総合病院だった。多くの患者と医師や看護士が行き交う建物の中、白い壁に消毒薬の匂いが充満する病室。そこへトシと僕の男二人で訪れた。色気が無いことこの上ない。特にトシが持っている小さなバスケットの花が浮きまくっている。まあ、いっか。
ナースステーションで名前を書いて面会者のバッチを受け取り、「近藤勇」とプレートのかかった部屋をみつけて入れば、中で近藤さんが寝ていた。腕と足元からチューブが出ている。右腕はギブスで固定されていた。
近藤さんは、ほとんどあの後から眠ったままらしい。無精ひげがなんとも痛ましい。
「大丈夫かよ。かっちゃん」
「さぁ」
僕は肩をすくめてから、手に持っていたお見舞いの花を近藤さんの枕元の机に置いた。バスケットだから置くだけでいい。ちなみに病院によっては生花のお見舞いはNGというところもあるし、患者によってはアレルギーが出ることもあるので、最近はお見舞いとしては不人気らしい。でも他に考えられずに、これにしてしまった。パステルカラーの花が、殺風景だった風景を少しだけ和ませた気がした。
僕らは話す言葉もなく、ぼーっと近藤さんの顔を眺める。お見舞いと言っても近藤さんの意識がなければ話すこともない。しばらく見てから、帰ろうかどうしようかと思案し始めたときだった。ぱちりと近藤さんの目が開いた。すぐにトシが駆け寄る。
「大丈夫か。かっちゃん」
その言葉に近藤さんはにこりと笑った。
「トシは心配性だな」
はっきりと発せられた言葉に、僕らは安堵の胸をなでおろしたが、近藤さんの次の言葉で動きが凍りつく。
「ソウジや、ナガクラくんだっているんだ。何の心配もない」
え?
「お、おい。かっちゃん。誰がいるって?」
トシが聞き返したけれど、次に聞こえてきたのは近藤さんの寝息だった。今のは…なんだ?
「今の…聞いたよな?」
トシが僕に背を向けたまま、低い低い声で言う。
「聞いたけど…」
「こいつぁ…どういうことだ?」
「いや…僕に聞かれても…」
正直、僕自身もどう情報を処理していいか分からない。
「かっちゃん。おい。かっちゃん」
近藤さんを揺すろうとするトシを慌てて止める。入院患者なんだから、もう。気をつけようよ。手は出すのをやめたけれど、声はとめなかった。トシが近藤さんの傍で声をかける中、近藤さんから返ってきたのは静かな寝息だけだった。
帰りの車の中で、トシはまださっきのことを繰り返していた。
「そら耳じゃねぇよな」
「僕も聞いたし」
「だったら前世の記憶か?」
「そうとも言い切れないんじゃない?」
「何でだよ」
「一つは近藤勇や新撰組は有名だから…。それを意識していたのが出た可能性がある」
低い唸り声が僕の言葉に答える。
「次に、もしかしたら同名の友人がいるのかも」
「いや…それは…」
僕は車を運転しながら肩をすくめた。
「ま、近藤さんが起きたら聞いてみるしかないよ」
「そうだな」
しぶしぶと言う感じの声が返ってきた。車内に広がる静寂。外の喧騒とエンジン音がやけに響くように聞こえる。僕だって気になるといえば気になる。だからと言って簡単には飛びつけない。
「よう。宮月」
しばらくして、またトシが口を開く。同じ話かと思えば、そうではないらしい。運転をしながらちらりと横目で見たトシの表情が獰猛なものに変化していた。
「わりぃが…手ぇ、貸してくれ。お礼をしてやらなきゃ…気がすまねぇ」
「僕は教会が焼けたときから、手を貸す気満々だけど?」
隣でトシがニヤリと嗤った…と思う。見えてないけど、そういう気配がする。
「ありがてぇ」
「で? どうするの? どこまでやる?」
「そうだな…」
トシが腕を組んで、低く唸った。




