第9章 近藤さん(9)
そういえば、こういう話は土方さんにしていないんだよな。ああ。総司にも…したっけ? 忘れた。まあ、いっか。
「なんでだよ」
一瞬黙りこんだ僕に焦れたように、土方さんが問いかけてくる。
「主は眷族をコントロールできる力を持つ」
「ああ? 日本語で言いやがれ」
「つまり、主は眷族に命令できるんだよ。そして主として下された命令には抗えない」
「げっ。なおさら、てめぇの眷族になんかになった日には…」
「土方さん」
僕は真面目な声で土方さんの言葉を遮った。
「僕が本当に土方さんを眷族にしたときに、理不尽なことをすると思っているんだったら心外だ」
そう言ったとたんに、土方さんの手が僕の肩を叩いた。
「馬鹿。そんなこたぁ分かってんだよ。こいつぁ戯言だ。なんだかんだ言いながら、てめぇがちゃんとした奴だってこたぁ、分かってんだよ」
そして再びポンポンと僕の肩を叩く。
「本気で怒るなよ。てめぇも実は短気だな」
「僕が真面目に話をしているのに、ふざけるから」
少し拗ねたように言えば、土方さんからポツリと言葉が漏れた。
「おめぇが真面目に考えてくれてんのは分かってるぜ。ただよ。おれ自身、ここで生きたいのかどうかわからねぇ」
「土方さん…」
「なんていうか…勝手が違いすぎるってぇか。あの時代は…かっちゃんを大名にするんだっていう夢があってよ。新撰組っていう場所があったけどな。今は…おれ自身、何をやりたいんだか、わかんねぇところがある。総司のように好いた女がいるわけじゃねぇし」
僕は黙って運転しながら、土方さんの深い声を聞いていた。
「それに…俺らの存在は、自然の摂理に反してやがる気がしてならねぇ。輪廻の輪から外れちまったような奴が、無理に生きるのもどうかと思う部分もあるぜ?」
ふっと土方さんが息を吐く。
「まあ、ちっとばかし、迷ってるわけだ。大きなことを決めるときにはこういう時間も必要なんだぜ? 少しは俺に時間をくれ」
「…土方さんの命のことなのに…」
そう僕が言えば、土方さんが笑った気配がした。
「俺が命を惜しむような奴だったら、あの時代にあんな大立ち回りをやってるかよ。どの戦いも真剣勝負。自分の命を惜しむような戦い方はしてねぇ。前だけを見てやってきた。それを今更、命惜しさに何も考えず、おめぇの眷族になるようなことをするかよ」
僕は口を開きかけて、そして閉じた。何を言っても、土方さんは自分で自分のことは決めるだろう。それであれば、僕ができることは待つことだけだ。
「おう。そう言えば」
土方さんが、やや重くなった空気を払拭するように口を開いた。
「おめぇの方が年上ってぇことは、おれは何か? 宮月さんとか呼んだほうがいいか?」
思わず僕は土方さんの方を向きたくなって、慌てて前を向いた首を維持する。何を言い出すかと思えば…。
「いいよ。別に呼び捨てのままで。せっかくだから名前で呼ぶっていうのもありだけど」
「総司みたいに俊って呼ぶか?」
「どっちでも」
土方さんは口の中で、もぞもぞと僕の名前を試してみているらしく、ぶつぶつ言っている。
「やっぱりおめぇは宮月だな。そのほうが呼びやすい」
「ああ。いいよ。それで」
「おめぇ。俺のことはどうする。いつまでも土方さんっていうのはねぇんじゃねぇか? おめぇの方が年上なのに、俺がさん付けで呼ばれてちゃぁ、格好がつかねぇ」
律儀だなぁ。まあ、あの時代は今よりも儒教の考え方が浸透していたからかな。
「いや。別にどっちでもいいけど…。土方さん…なんて呼ばれたい?」
そう尋ねれば、土方さんが首をひねった。
「別になんでもいいぜ? 好きに呼んでくれ」
正直言うと「歳三」って呼ぶのは、ゾウの部分が呼びにくいんだよね。あ、いいことを思いついた。
「としちゃん」
僕が冗談でそう言えば、土方さんは思いっきり嫌な顔をした後で、ぐっと黙って無理やりのように首を縦に振った。
「な、なんでもいいって言ったのは俺だ。よ、よし。いいぞ。そう呼べ」
思わず僕は吹き出す。まったく。意地っ張りだな。
「嘘だよ。からかっただけだ。そうだな…トシって呼ぼうかな」
「お、おう」
土方さん改め、トシはちょっとまだ慣れない面持ちで、僕の呼びかけに返事をした。




