第9章 近藤さん(8)
土方さんは腕を組んで真面目な顔をして僕の顔を見ていた。衝撃は去り、すでに落ち着いて考え込む顔だ。
「早めに決めたほうがいい。このままにして長くても数年以内に死ぬか。または僕の眷族になるか」
そう告げたとたんに、土方さんは喉が絞められたような声を出した。
「うっ。おめぇの眷族って奴になるのか」
僕は肩をすくめた。
「仕方ないよ。どうやら眷族にできるのは五家と呼ばれる一部の家系の、しかもその当主だけなんだ」
土方さんの目が見開かれて、僕をまじまじと見た。いや、まじまじというよりも、ぎょろぎょろと言ったほうがいいかも。
思わず僕が身じろいで、やや身体を離すようにすれば(まあ、車の中だからたかが知れているけれど)、土方さんは追うように身体を寄せて僕の顔を覗き込む。
「おめぇが当主か?」
「何。文句ある?」
「当主って面じゃぁねぇだろ。若造の癖して」
「失礼だなぁ。顔で当主になるわけじゃないし。土方さんより若く見えるかもしれないけど、僕、250歳を超えてるよ?」
「与太を飛ばしても信じねぇぞ」
「ここで嘘言ってどうするんだよ。本当の話だよ」
「はぁ?」
「だから…戦争も経験したって言ったじゃん…って、土方さん、もしかして信じてなかった?」
「いや。そうじゃねぇけどよ。250歳っていつから生きてるんだよ」
「いや。だから250年前から」
正確に言えば、252年プラス幕末にいた数年分だ。まあいいけど。
「あぁん? 俺より年上かよ」
僕は呆れ果てて土方さんを見た。
「あのさ。僕らの種族は長命なの。なかなか死なないの。だから長生きなの」
茫然自失状態で僕を見ている土方さん。今更認識したってことか? 僕が人間じゃないって。翼だって尻尾だって見てるし、一緒に血液だって飲んだのに。
「おめぇ。本当に人間じゃねぇんだな」
「何を今更」
僕は呆れ果てて、とりあえず車を出すことにした。これ以上ここで話をしていても仕方ないしね。
「ま、とにかく。どうするか考えて」
エンジンをかけて車をそろそろと駐車場から出したところで、土方さんが口を開いた。
「五家って言ったな。他の家はどうなってんだ」
「知らない」
「はあ?」
「僕らの種族は散り散りになってる。百年ぐらいに一度連絡がくるかどうかだね。こっちから連絡を取ることはめったにないらしいよ。そもそも当主の僕自体は他の家がどうなってるか興味ないし。それにこれでもうちは、まだ大きく残っているほうだし」
「そうなのか?」
「そうだよ。他の家系は、多分残っていても一人か二人。それと眷族。うちは一応、血族で、僕、彩乃、レイラ、キーファー。それに叔父と叔母。六人残ってるからね」
「たった…」
「そう。たった六人。それでも大きいほうで、眷族の組織に助けられて、僕らは生きている」
「他の家がじゃんじゃん子供を作って、攻めてきたらどうすんだよ」
土方さんの言葉に僕は吹き出した。
「無いね。多分」
「なんでそう言いきれる」
「僕らの種族は子供ができにくいらしいよ」
「どういうことだ?」
「言葉通りの意味。どうやら僕らの種族の女性は百年に一度ぐらいしか子供ができないらしい。一人生むと次に生まれるのは百年ぐらい空いてしまうって言われている」
まあ確かに残っている当主が男で、眷族の女性を増やしてハーレム状態にすれば、それなりの人数を増やすことは可能だけど…。うちの情報網を掻い潜って知られずに眷族を増やして、子供を増やして、全員を養うっていうのは結構難しいんじゃないかな。
なんていうのかな。うちの血族っていい感じに興味関心がある分野のバランスが取れていると僕は思っている。
インターネットを含めた電子的な情報網はレイラが押さえてる。血液市場と裏世界はキーファーが目を光らせてる。経済市場については僕が情報を握ってる。加えて、叔父は貿易関係で、叔母は芸術関係だ。
まあ強いて言えば、軍事関係とか政治関係が足りないけど、軍事っていう意味ではデイヴィッドとジャックにはその手の知り合いが多いからか、そっちから情報が入ってくる。
そして僕がイギリスの投資会社を持っているように、レイラもキーファーも叔父も叔母もそれぞれの組織を持っているわけで、それを僕の眷族が支えている。
正確に言えば、イギリスの投資会社は父さんが作り上げたものを僕が引き継いだ。そして父さんやお祖父さんの時代からの眷族たちが僕の眷族となって、一族それぞれの組織を支えているんだけどさ。
一応、イギリスに残っているメアリを筆頭とした一部の心配性な眷族たちは、他家の動向も把握しているらしいけれど、僕は興味がないからね。
「他家の眷族になりたいなら、探すけど。でも良く分からない相手の眷属にはならないほうがいいと思う」
僕の言葉に土方さんがこちらを向いたのが分かった。




