間章 乱闘(1)
-----------平山五郎視点--------------
私の敬愛なる芹沢先生が、京の方角へ向かって拝んでいらっしゃる。天子様がいらっしゃる皇城に向かって拝んでいらっしゃるのだ。これはどこにいようと毎朝欠かさず行っていることだった。一心に拝んでいる姿は神々しくも感じられ、その色白な横顔は細くて小さな目をしていても、端正に感じられる。
「平山」
「はい」
「今日も晴れそうだな」
「はい」
今日も先生がお声をかけてくださる幸せをかみ締めながら、私の一日は始まる。
大阪についたばかりなのに、そんな会話をしてまもなく目的の不逞浪士を捕まえることに成功した。掴んでいた情報どおりに見つけ、捕縛するのにも手間はかからなかった。これも先生の日ごろの心がけの賜物であろう。
お役目が終われば、あとは楽しんでしまうが勝ちとのことで、一同は夜の大阪の街へと繰り出すことに決めた。
活気のある街中を冷やかしつつ、誰だかが船に乗ろうと言い出して、船に乗って楽しんだ。大阪の酒はまた京とは違った味がして面白い。
私は上機嫌な先生の斜め前、敬愛なる先生が視界に入る位置を確保して、見とれていることを悟られないように、生真面目な顔をして座っていた。
「斉藤さん、どうしました?」
沖田総司の声がしたので、そちらを見れば、斉藤一が腹を押さえて俯いている。大方旅の水にでも当たったのであろう。うかつなことだ。近藤先生が懐からなにやら出し「これでも飲みなさい」と言っているのが見えた。
「腹痛に船の揺れは辛かろう」
さすがは芹沢先生。すぐに船を止めるように指示を出す。多少の酒は入っていたようだが、まだしっかりされている。船は先生の言葉に従って小さな橋のふもとに着いた。沖田総司が斉藤一を抱え、周りのものも足元などを気使ってやりながら船を下りた。
そして橋を渡ろうとしたそのときだ。向こうからきた恰幅の良い一団が道をふさぐようにして渡ろうとしてくる。こちらは京都守護職からお役をいただく武士であるのに対して、向こうから来るのは相撲の力士。立場上はこちらが上である。
芹沢先生はすぐにわれわれの先頭に立つと、力士たちを威圧するように橋を渡り始めた。芹沢先生は、背は高く体格もよい。色白に細い縞模様の着物がよく似合っている。このように集団での先頭に立つ芹沢先生は威風堂々としていらっしゃった。
力士たちはこちらに道を譲ればよいものを、なんの強がりかそのままこちらを睨むようにして進んでくる。私は芹沢先生のすぐ傍で、思わず身構えた。
「どけっ」
前をふさぐ力士に一括。芹沢先生の鉄扇がピシリと差し出された。先生の鉄扇は三百匁(約1125g)あり、これで打たれたらかなりの威力だ。だが打つだけが鉄扇の基本ではない。
「何をっ。おまえらこそ、どけっ!」
手を伸ばし、芹沢先生の肩に触れようとした力士の腕を逆にとり、くるりと鉄扇を利用して体制を崩させる。膝をついた力士の首筋をさらに鉄扇で打ち据えた。
「うっ」
この間、一瞬である。惚れ惚れとするような鉄扇捌き。鉄扇に書かれた「盡忠報國の士 芹澤鴨」の文字が光る。
「こいつっ」
仲間をやられたもう一人が襲いかかろうとするが、助太刀する間もなく芹沢先生の鉄扇がきらめき、額を一閃。手加減はされたのであろう。致命傷には至ってはいなかったが、額の傷は出血が酷い。その血に毒気を抜かれたように座り込んだ力士と、手を出せずに動けなくなったものたちを横目に、我々は堂々と橋を渡り、休める場所へと向かったのだった。




