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第9章  近藤さん(4)

 数日後、僕は現状視察も兼ねて、あのバーへと向かった。まだ土方さんの説得は上手くいってなくて、近藤さんは店を開けている。それにあわせて毎晩、土方さんは近藤さんのバーへ通っていた。


 大通りから曲がって、ちょっと裏道のほうへ入ったところにバー・ライトブルー、すなわち近藤さんの店はある。僕は車を駐車場に入れると、ぶらぶらと店に向かって歩き始めた。繁華街の端のほう。こんなところが抗争のど真ん中だなんて、思いもしない場所だ。


 角を曲がったところで、僕の耳は何かが崩れるような音を捉えた。耳を澄ませば、乱れた呼吸音と、荒い息。


「や、やめて…」


 本当にか細い女の声が聞こえた。それに重なるように荒い息が二人分。喘ぐような浅い呼吸が一人分。ほんの数歩先の脇道にどうやら訳ありの人間がいるらしい。


 肌をピシャリと打つ音も聞こえた。どうやらあまりいい状況じゃなさそうだ。早足で音のする場所を目指して歩き、そっと覗き込んだ。薄暗いビルとビルの間の地面に、倒れた女性の上に馬乗りになった男と、頭の側から片手で口を塞ぎ、もう片手での暴れる女性の手を押さえつけている男がいた。


「押さえておけよ!」そんな言葉と、カチャカチャとベルトをはずす音。これは…。女性を助けるべきだよね。うん。


 背後から気配を絶って忍び寄り、まずは馬乗りになっている男の頭を横殴りに蹴り飛ばした。死なない程度に、一応手加減はする。それでも十分な勢いで男は吹っ飛んでいった。ベルトのバックルが外れているが、まだ脱ぐところまではしていなかったようだ。


 ようやく顔をあげた頭側の男の首を片手で鷲掴みにすると、そのまま持ち上げる。そして女性の身体から引き離すと、そいつの背中を壁に打ち付けた。首に手がのめり込んで、ぐぇっと変な音が男の喉から漏れる。


「ねえ。何やってたの?」


 穏便に聞いてみる。いや、蹴り飛ばした時点で、すでに穏便じゃないか。男の手があがくようにして、背中のコンクリを引っかくけど、そんなので僕から逃れられるわけが無い。ああ。つま先が地面に着くか、着かないかぐらいだから苦しいのか。まあ、とりあえずにっこりと笑ってみるか。


「言わないと…殺すよ?」


 笑顔を浮かべつつ殺気を出した瞬間、男から全身の力が抜けた。


「へ?」


 あっけに取られて手を離せば、男がくたりと地面に転がる。たったあれだけのことで気絶したらしい。うーん。根性ないなぁ。こういう暴漢に根性を求めるのもどうかと思うけど。


 くるりと後ろを向いて、まだ座り込んでいる女性に手を差し出せば、怯える目で僕を見る。胸元を押さえて、スカートを一生懸命膝下まで降ろしている手が震えている。


「あ~。えっと…だいじょう…」


 大丈夫? と尋ねようとしたとたんに、彼女の目が見開かれる。横方向、わずかに後ろから来る呼吸音。やれやれ。もう一人いたのか。僕が入ってきた路地から、材木を振りかざした男が背後に来ていた。


 避けると女性に当たるか。面倒だなぁ。


 くるりと身体を翻して、勢いがついた木材を片手で受け止める。渾身の力で振り下ろしたのだろうけど、残念でした。相手は木材を動かそうとぶら下がるようにして力を掛けてくるけど、まあ動かすのは無理だろうね。無造作に横へぽいっとやれば、男が壁に激突した。あ、また気絶させてしまった。まあ、いっか。


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