第9章 近藤さん(3)
そんな作戦会議をして、この日本家屋に移ったんだけど…。実はそんなに簡単に物事が進んでいない。土方さんが融資の話を近藤さんに持っていったんだけど、新たな借金ができることを渋って、結局近藤さんが考え込んだままだ。
組織の方も突き止めてはいるけれど、僕の案に乗り気ではない穏健派がいるので今ひとつまとまらない。ここで強権発動するのもなぁ…という気もして、結局レイラにもっと情報を集めてもらうということで、ここへ引っ越してからの動きは無い状態だ。
土方さんの渋い顔を見ながら、僕はちゃぶ台の上の煎餅に手を伸ばした。とりあえずは平和だ。見せ掛けの平和だとしても、平和なうちに楽しんでおこう。だから僕らは毎日のようにお茶会をやっていた。紅茶だったり緑茶だったり。そのときに家にいるメンバーで、おやつ時には茶の間でお茶を飲む。今日は緑茶で煎餅の日だ。
ここから歩いてすぐのところの店のなんだけど、昔ながらの作り方で素朴な味がおいしい。このところ緑茶のお茶請けは、ここの煎餅にしている。しょうゆ味だったり、海苔巻きだったり。特にザラメ砂糖のかかった煎餅は甘いもの好きのメンバーに好評だった。なので毎日、ザラメと何か…のセットだ。
ちらりと横目で見れば、さっきから李亮が遠慮しつつも手を伸ばしているのはザラメだった。思わず微笑みたくなるのを隠して、土方さんの方を見る。
「土方さんも食べれば?」
自分の分は確保しつつ、土方さんの方へ煎餅が盛ってある皿を押し出せば、土方さんもひとつつまんだ。
「梅か」
李亮が土方さんの前にお茶を差し出す。僕はにっと笑った。
「そ。今日はザラメと梅味」
「梅と言うと思い出すな」
土方さんがそう言ってぱくりと一口食べたところで、僕はちょっと意地悪をしてみた。
「梅の花 一輪咲いても 梅は梅?」
そう僕が口にしたとたんに、土方さんがぎょっとした顔をする。
「な、なんで知ってやがる」
僕はひょいと肩をすくめた。
「そりゃ、まあ。ある程度は有名だから」
「なんだ、そりゃ」
「豊玉発句集」
さらに土方さんが挙動不審となった。
「おめぇ、見たのか?」
「いや。単に『土方歳三』の資料として残ってるから知ってるだけ」
土方さんがぎょろりと目を見開いた。
「ああん? なんでそんなものが残ってやがる」
僕は思わずため息をついた。
「逆に僕のほうが知りたいよ。一体、土方さん、こっちに来てから何してたの?」
「あ?」
「なんで新撰組がどう評価されてるかとか、自分がどう評価されたかとか、知らないの?」
土方さんが眉を顰める。
「そんなもん知るかよ。終わったことに、用はねぇよ。どうせ俺らは負けたんだ。見たくもねぇ」
なんというか。本当に素直というか、不器用というか。前しか見ないというか。
「一度見てみるといいよ。うん。総司に聞いたらインターネットの使い方を教えてくれるし」
「お、おう」
僕から聞くのは抵抗があるだろうと思って、そう言い添えれば、土方さんは素直にうなずいて、さらに煎餅を勢いよくバリバリと齧り始めた。
「まあ土方歳三の俳句といえば、下手の横好きっていう評価が多いけどね」
ぐっと煎餅を喉に詰まらせたような土方さんを横目に、僕は続ける。
「自然をそのままの目で詠んで、素朴でいい歌だっていう人もいる」
そう伝えれば、土方さんが嬉しそうに頷いた。
「そうだろう。そうだろう」
「ま、本当に、そのまんまの句だよね~」
「いいんだよ。そこがいいんだ。自然ってぇのはそういうもんだろう。梅の花が一輪咲いてんのを見てみろ。いじらしくて思わず、この句が浮かんできたんだぜ」
目をぎょろりとさせながら、煎餅を振り回しつつ力説する土方さんに肩をすくめてみせる。
「そうだね。いいんじゃない? 土方さんらしくて」
お行儀が悪いけれど肘を突きつつ、ぼりぼりと手元の煎餅を齧りながら上目遣いで土方さんを見れば、大きく頷いた。
「おお。そうだよ。俺らしいのがいいんだよ。上手い下手は関係ねぇんだ。おめぇ、いいこと言うじゃねぇか」
いや、僕は褒める言葉が見つからなくて、言っただけなんだけど…まあ、いっか。土方さん、喜んだみたいだし(笑)
そこからしばらく、土方さんの俳句講座を僕らは拝聴することになった。




