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間章  火事(2)

---------- 彩乃視点 -------------


 お互いの身体の暖かさを感じながら、うつらうつらと彼の腕の中で眠るのが最高の幸せ。そんな幸せがあるなんて、ちょっと前までは知らなかったのに。


 あの京都旅行の夜以来、知ってしまった幸せにわたしは溺れていると思う。


 わたしを抱きしめなおすように総司さんの腕が動いて、大きな手が頭をゆっくりと優しく撫でてくれる。


 夢うつつで顔を上げれば、ちゅっと音をさせて暖かい唇が額に落ちた。


「総司さん」


「ん?」


「好き」


 そう伝えれば、今度は唇が優しくて暖かい感触に包まれる。


 総司さんの心臓の音も穏やかで、半分眠っているような音で、それがさらにわたしの眠りを誘う。この幸せをなんて言えばいいのかな…。


 そのまま夢の中に落ちかけたときに、何かを感じた。なんだろう。総司さんの匂い以外の匂い。いぶすような…。


「総司さん?」


「何?」


「なんか…変な匂いが…」


 そう言ってからはっきりと目が覚める。


「総司さん!」


 総司さんも目が覚めたらしい。この匂い。どこかで煙が出てる!


 総司さんがわたしの手を掴んで、ぐっとベッドから起こすと、お互いに無言で身支度を整えた。ぱっと机の上を見れば、総司さんから貰った指輪。


 しっかりと身につけて総司さんを見れば、総司さんが頷いた。


「行こう」


 階段を登ってドアを開ければ、そこは一面の煙。二人して口を覆って、教会堂の広いところに出たとたんにお兄ちゃんの声が聞こえた。


「彩乃! 総司!」


「お兄ちゃん!」


 助けに来てくれたんだ。思わず安心して、身体の力が抜けそうになる。お兄ちゃんは椅子で教会堂のガラスを割って、わたしたちに出るように言った。


「出て。そこから。早く!」


 お兄ちゃんが指差したところから出ようとして…わたしは思い出した。


「あ…刀…」


 お兄ちゃんが呆れたように返事をする。


「そんなこと言ってる場合じゃ…」


 その言葉をわたしは遮った。


「でもあれは大事な刀なの。だって…」


 そう。あれは幕末でわたしと総司さんが出会った大事な記念。それに総司さんが大事にしているものなんだもの。取りに戻らなくちゃ。


 わたしが戻ろうとすると、総司さんがわたしの手を引っ張り行かなくていいというように首を振った。


 でも総司さんの大事な刀なんだよ? わたしたちの記念なんだよ?


 総司さんの手を振り切って、一歩踏み出したところで、今度はお兄ちゃんに手をつかまれる。


「いい。僕が行く。二人はまず逃げて。レイラと土方さんが外にいるから。早く! 総司、彩乃を頼んだ」


 総司さんとお兄ちゃんの視線が交差して、そしてわたしは総司さんに抱きかかえられるようにしてガラスの間を通り抜けた。ガラスの欠片が皮膚を傷つける。わたしよりも総司さんのほうが、わたしを守るようにしてくれた分、あちこちに傷がついた。


 後ろを振り返れば、煙の向こうに消えていくお兄ちゃん。それを見て、とたんに怖くなる。


 大丈夫だよね? お兄ちゃん…戻ってくるよね?


 思わず身体が震えた。総司さんの腕がわたしの身体をしっかりと抱きしめる。総司さんの無言が怖い。大丈夫って言って。お兄ちゃんなら大丈夫って。


「大丈夫だよね? お兄ちゃんだもん」


 総司さんの腕の力がぎゅっと強くなる。いい加減なことは言わない総司さん。だから…その無言が表す意味を考えたくない。


「すぐに出てくるよね?」


「こっちで待とう」


 総司さんはわたしの問いには返事をせずに、ぐるりと回って道路のほうへ出る。教会の脇を抜ける途中は凄い炎だった。見ているのが怖いぐらいの炎。


 怖い。でも一番怖いのは、お兄ちゃんのこと。大丈夫かな? 大丈夫だよね? 誰か、大丈夫って言って…。思わずぽろぽろと涙が零れる。


「…わたし…馬鹿だ」


「彩乃?」


「総司さんとお兄ちゃんの言うこと…聞けばよかった…」


 総司さんの腕がわたしの肩を包む。


「お兄ちゃんが…戻ってこなかったら…どうしよう…」


「待とう。俊は…勝算が無いことはしないから」


「うん」


 拭いても吹いても涙が零れてきた。泣く資格なんて無いのに。わたしが余計なことを言ったから、お兄ちゃんは炎の中に入っちゃったのに。


 それなのにわたしの涙は止まらない。


「ごめんなさい」


 謝っても仕方ないのに。それでも唇から一度零れた言葉は、止まらなかった。


「ごめんなさい」


 ぽろぽろ泣きながら謝るわたしの背中を、総司さんは無言でぽんぽんと優しくあやすように叩いていた。


 お兄ちゃんがジャックさんに引きずられるようにして出てくるまで、ずっと。


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