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第8章  火事(7)

 ピンポーンと軽い音がして、レイラがドアを開けにいく。開いた扉からはガラガラと車のついた衣装ケースと、ダンボールを抱えた男女が数名、部屋の中に入ってきた。僕の部屋に集まった面々が目を見開く。


「お兄ちゃん…これ…」


 僕は皆ににっこりと微笑んだ。


「着替え。とりあえずサイズ合わせて。多少の趣味の違いは我慢して。後で買い物に行けばいいから、今日のところは三日分ぐらいあればいいかな」


 と言いつつも、「気に入ったのがあれば一緒に買うから選んでおいて」と付け加えることも忘れない。


 割りとリーズナブルなブランドのものを持ってきてくれているから、まあ日本にある口座のお金だけでも余裕で足りるだろうっていう目算もある。それなりの出費だけど、もういいやって、どっかで思っていた。


「男性はこっち、女性はこっちね」


 僕とレイラのそれぞれのベッドルームを試着室にして、とりあえず皆が試着を始めた。物凄い。大騒ぎだ。特に女性陣なんてレイラと彩乃しかいないのに、なぜか男性陣より騒がしい(笑)


「ね、ね、彩乃、これ着てみましょうよ」


「えっ。レイラちゃん。これはちょっと」


「絶対かわいいから。ね?」


「あ、こっちもかわいい」


「あ、いいわね。じゃあ、これも着てみましょう」


「レイラちゃん、レイラちゃんにこれは?」


「ちょっと大人しくない?」


「似合うと思うの。絶対」


 以下略。


 男性陣のほうはデイヴィッドが一人で煩い。


「え~。これ、似合うかしら」


 接客をしてくれる店員さんに、色々言いながら選んでいる。やれやれ。


「デイヴィッド。大丈夫。それも似合うし、その前のも似合う」


 僕が適当に言えば、デイヴィッドの声が跳ね上がった。


「じゃ、両方とも選ぶわ」


 やれやれ。なんでもいいよ。ほんと。


 二手に分かれた真ん中に、ぽつんと李亮が立っていた。所在無げに右を見て左を見て、それから僕を見る。遠慮しているんだろうか。


「李亮? 一緒に選べば?」


 声をかければ、李亮がゆっくりと首を振った。


「洋服。燃えてない。大丈夫」


 あ~。やっぱり遠慮しているのか。こういうときには図々しくやればいいと思うけれど、それができないのが李亮だ。


「いいよ。好きなのがあったら選んで。好みが合わなければいいけど。もしも欲しいのがあったら、この際だ、君にも買うから。遠慮しないで」


 李亮の目が驚きに丸くなる。鳩が豆鉄砲を食らうって言うんだっけ? こういう顔。


「大丈夫」


 僕は李亮に念押しすると、店員を一人呼んで彼に洋服を選ぶように頼んだ。そのまましておいたら、結局何も選ばずに終了してしまいそうだ。


 そういえば考えてみたら、デイヴィッドとジャックの家も燃えてないんだよな。別な場所に家を借りてるんだから。見ると彼らも文句を言いつつも楽しそうに選んでいたので、僕は黙っていることにした。ここで水を差すことことほど野暮なことはない。


 見れば、土方さんと総司は何かを二人で話しながら選んでいた。まあ大人しいもんだ。二人とも確固たる好みがあって、ある意味しっかりした価値基準をもっているから、選ぶ選ばないが非常にはっきりしているんだよね。


「あの…」


 店員の一人がぼーっと皆を見ていた僕に洋服を持ってくる。


「これでいかがでしょう」


 いつものごとく、先に指示を出していくつか見繕ってもらった僕は、それをざっと見て頷いた。


「あ、いいみたい。それでいいや」


「えっ。試着は…」


 サイズをちらりと見れば、僕が大体選ぶサイズだし。


「大丈夫だと思うから。試着もいらない。まだみんなかかりそうだから、それを頂いてもいいかな。シャワーを浴びてきたいんだよね」


 店員が困ったように、その場の責任者らしき人を振り返る。


「逃げないし。払うし。カードがダメだったら、現金を即座に振り込むよ」


 そこまで言えば、「大丈夫です」と口にしながら、責任者らしき人が出てきた。


「じゃ、悪いけど、似たような感じで、もう何着か、僕のために選んでおいて」


 さっきの店員にそう伝えると、そのままバスルームへと抜けてシャワーを浴びた。


 さっぱりして出てくれば、大方皆が選び終わったところで…えっと女性陣がまだだな。本当に女性の買い物って時間がかかるよね。


「レイラ。彩乃。そろそろ決めて欲しいんだけど」


 僕の言葉に二人が振り返る。


「えっと…これもいいと思うけど、これもいいの」


 と彩乃が言えば、


「こっちもかわいいし、いい感じなのよね」


 そうレイラも答える。やれやれ。僕は手っ取り早い解決方法を示した。


「はい。全部買うから。迷っている奴、全部会計に出して」


 レイラと彩乃が固まる。特に彩乃。普段は無駄遣いしないように、決められた中でやりくりさせているからね。こんな大判振る舞いは初めてだろう。戸惑ったように手元の洋服を見つめる。


「え…でも…多いよ?」


 彩乃がおずおずと言ってから小首をかしげた。それに対して僕は鷹揚に頷く。


「時間のほうが大事」


 レイラと彩乃の視線が交差する。意図が伝わったようだ。ざざっと手元にあった山を、綺麗に仕分けると、そのまま片方を差し出した。


「じゃあ、これにするわ」


「わたしも…これにするね」


 レイラと彩乃が決めたところで会計が始まった。とにかく一着分だけは先に打ち込んでもらって、その洋服を持ってそれぞれにシャワーを浴びに行ってもらう。とにかくこれ以上焦げ臭い匂いの中に居たくない。人間でもわかるぐらい焦げた臭いが充満しているんだよね。


 あっという間に洋服の山と計算書ができる。その会計をカードで済ませた。残った衣装を持って店員たちが出て行ったのと入れ違いに、シャワールームから皆が戻ってくる。うん。石鹸の良い匂いだ。部屋に残った匂いはあるけれど、大分マシだ。


 濡れた頭を拭きながら、思い思いの場所に立つ皆をぐるりと見回す。


「さてと。ようやく落ち着いたところで…作戦会議をしようか」


 僕はニヤリと嗤った。



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