第8章 火事(5)
その後は大変だった。消防車に救急車。幸いなことに庭のおかげで僕らの教会と住居棟以外に被害はなく、表向きは怪我人がいなかった。
正確に言えば、僕はあちこち火傷して、尻尾が棘だらけ。まあ、すぐに治ったけど。李亮は火傷と骨折。この骨折は結構酷くて、整体の要領で骨を整えた。とは言え、驚異的な一族の回復力だったらすぐに戻るだろう。
あとは彩乃と総司が逃げるときにガラスであちこち切ったらしいけれど、これはすでに治っていた。
警察も来た。
どうやら放火の疑いが濃厚だ。というのも火の気の無かったドア付近から燃えたからね。外から火をつけられたんだろう。
ボヤを狙ったのが大きな火になったのか…焼き殺そうとしたか…。まあ、焼き殺そうとしたらもっと一斉に火が上がるようにしただろうから、ボヤ騒ぎを狙ったら燃えたっていうところかな。確信はないけれど、やった相手については、心当たりがありまくりだ。
それにしてもコレだけ一族がそろっていて、気づけなかったのは不覚。まあ、助かっただけ良しとするか。
教会員の人も次から次へとやってきた。一番早かったのは、もちろん海さん夫妻。海さん、耳がいいからね。家も近いし、真先に来た。
それから役員の人たち。とにかく皆で手分けしてもらって、翌日には教会に来ている人に教会が燃えたことを知らせてもらって、日曜日に礼拝ができないことを連絡してもらう。
その間に僕だけを残して、他は車に分乗して駅前のホテルに移動した。我が家の車の運転はレイラだ。国際免許を持っていてくれて助かった。それにオートマ車だから、運転は楽チンだしね。海さんも車を出してくれて、デイヴィッドたちを送ってくれた。
僕は次から次へ来る教会員と近所の人に、謝ったり、不審火らしいと説明したり、とにかく対応に追われ続けた。
長かった夜が明ける。精神的に疲れ果てた僕は、教会員の人たちの相手は海さん夫妻に任せて、駅前のホテルの一室にようやくたどり着いた。先にレイラたちに空いている部屋をとっておいてもらったんだけれど、僕の部屋として渡された鍵のルームナンバーに従って部屋に行けば…馬鹿みたいに広い。
なんだ? これ? ドアを開けて入ったところにはただ広い部屋。正面には大きな窓とバルコニー。応接セットが真ん中に一揃い。何も入っていない棚が壁にあって、その横には大きなテレビ。反対側にはクローゼットが置いてあった。左右の壁にある開け放したドアから見えるのはベッドルーム。両方ともベッドルームだ。ベッドルームの中にも扉があるのはトイレとバスだろう。
唖然としているところへピンポーンと部屋の呼び鈴が鳴る。反射的に覗き穴を見れば、レイラを筆頭にして皆が押し寄せてきていた。オートロックのドアを開ければ、ぞろぞろと皆が入ってきた。
「えっと…この部屋…なに?」
まるで顔にカモフラージュメイクをしたように、煤をつけたままのデイヴィッドが胸を張って答える。
「スィートよっ! マスターのお部屋だもの。一番いい部屋っていったのに、こんな部屋だったのよ」
僕は思わず頭を抱えそうになった。レイラが傍で笑い、総司と彩乃は目を見開いている。土方さんがぐるりと部屋を見回した。
「なんでぇ。ずいぶんな違いじゃねぇか」
そう感想を述べた土方さんに向かって、デイヴィッドがまた口を開く。
「当たり前じゃない。マスターのお部屋なんだから。一番いいお部屋よ」
あ~。僕、どれだけブルジョア? まあいいや。広いと皆が集まれるし。どうせ駅前のホテルじゃ値段も知れてるし。
「えっと…僕の引き出しは?」
ジャックがヌッと引き出しごと差し出してきた。あちこちの連絡先が入った携帯電話に、カードなどが詰まった財布。それからいろんなデータ類。そんなものが突っ込まれている。一応、バックアップはイギリスのサーバーにあるけれど、これがないと面倒なんだよね。
引き出しを受け取って傍にあった机の上に置くと、携帯電話を手に取る。そしてくるりと土方さんに振り返った。
「土方さん。僕が手を出すけれど…いいよね?」
にっこりと笑顔を浮かべつつも、まったく笑っていない僕の声音に、土方さんだけではなく、その場が凍りついた。




