第4章 お留守番(11)
「宮月殿?」
「長州藩でしょ? 今、下に来てたのは会津藩預かりだよ」
「壬生狼…」
「たぶんね。無用のトラブ…いざこざは避けたいでしょ」
「かたじけない」
とりあえず、なんとか彼を下に下ろせる場所を探さないとね~。暗くなったとはいえ、ずっと屋根にいたら見つかっちゃうしね。
見ると、屋根同士をつないでいけば、なんとか場所を移動できそうなことに気づいた。でもそれは僕なら…の話。さすがに吉田殿を抱えたまま飛び移れそうにない。
それは彼も感じたらしい。
「せっかくだが、逃げるのも無理そうなので、それなら…」
そういいながら刀の鯉口を切る。迎え撃つ気か…。
あ~あ。僕は思わず頭をかいた。仕方ない。
「あのさ、僕を信じて目をつぶっていてくれるかな」
思わず彼に合わせていた口調が崩れる。それどころじゃないもん。
「今、死ぬ訳にはいかないんでしょ?」
「それは…」
「悪いようにはしないから」
彼は疑うように僕を見た。
信じられないとは思うけど、この場でまっとうな手段で逃げようとしたら、斬り合って怪我するか、屋根から飛び降りて足を折るか、そんなところだ。
「しかし…」
ああ、もう面倒くさい!
彼が僕を見つめたとたんに、僕は自分の目に力をこめた。カクンと彼の身体が揺れる。
ごめん。
彼の横で、僕は自分の着物を上半身だけ脱ぐ。腰紐のところで止まって、なんだか着物が腰巻のようになっている。この格好はマヌケだ。
でも躊躇している時間はなかった。僕らがいた部屋の襖が開く音がする。もうすぐ開いた窓から平助たちが顔を出すだろう。
ぐっと力を入れて、吉田殿を抱える。上半身裸で男をお姫様抱っこってどうよ?
一人ツッコミを入れてから、僕は肩甲骨の後ろに力を入れる。メキメキという音と共に肩甲骨が割れてずるりと骨のようなものが出てくる。
そして力を入れて…僕は夜空に飛び出した。
はあ、本当に僕ってなんだろうな~って思うよ。
彩乃が持ってない僕の能力。多分、古い先祖の血は僕のほうが強く出ている。
僕には翼もある。黒い翼が。
あまり羽ばたいて飛び続けることには向かないけれど、ハンググライダーの要領なら、結構滑空していられる。
できるだけ暗く見える夜空を目指して(って言っても、この時代、電気がないからね。全体的に暗いんだけど)、僕は空を飛んだ。
人けの無い神社の境内で吉田殿をおろす。
翼は肩甲骨の間にしまいこんだ。
翼に爪が付いてるんだけど、上半身を脱いでおかないと着ているものが破けちゃうんだよね~。小さいころは何度か洋服を破って両親に怒られたよ。
着物をきちんと着てから、吉田殿を起こした。
「おーい。吉田殿~っていうか、吉田くーん、吉田くーん」
ぺちぺちと頬を叩いていると、彼のまつげが揺れる。
「あ、起きた」
頭を緩く振っている彼を見て、僕は声をかける。
「大丈夫?」
一応、僕を認識したらしい。僕の顔を見て頷く。
よしよし。
「じゃ、僕、いくからね。気をつけて帰ってね」
そういって、僕はその場を走り去った。どうやって逃げたって追求されても困るし、説明できない。後ろから僕を呼び止める声を聞いたけど、僕は立ち止まらなかった。




