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第8章  火事(3)

 寸でのところで後ろに跳び退る。落ちてきたのは正確に言えば、教会堂の床の部分。そこに向かって、火がついた柱が落ちてきたようだ。


 倒れた衝撃で炎が消えて、くすぶっている柱を飛び越える。残っていた階段を登って、今の衝撃で閉まったドアを開けようとしたけれど開かない。それどころか、どうやらドアの向こうが火の海になってしまったらしく、ドアが熱い。


 途切れた階段を跳び下りて、火がついた倉庫の中と穴が開いた天井を見た。穴の中から見ても、どうやら穴の周りはすでに火の海だ。ジャンプしても着地が上手くいくかわからない。そして翼を使うには穴が小さすぎた。まっすぐ飛び上がれば、なんとか身体が通りそうな程度だ。その上のもっと高いところに教会の梁が見える。あそこまで伸ばせるロープがあれば…。


 倉庫の周りを探すけれど、そんなロープなんてどこにも無かった。それがあれば、飛び上がってロープを引っ掛けるとかできそうなのに。ロープ。ロープ。いや、または梯子でもいい。板でもいいんだ。一瞬、穴の周りの火を遮ることができれば…。ああ。もう。


 うろうろするけれど、でもロープも板も見つからず、そしてまた轟音が聞こえた。どこかの壁が倒れったっぽい。バチバチと燃える音とものすごい煙。気を抜くと咳き込んでしまいそうだ。思わず袖口で口元を覆う。


 濡れ鼠で(大分乾いたけど)、教会堂の地下で焼死なんて冗談じゃないぞ。剣で火を薙ぐって話があったな。あれか。草薙の剣か。


 思わず手元の剣を見つめた。やってみようか。火を薙いだら意外に風圧で火が消えてくれるかもしれない。それと共に別な情景を思い出す。旧約聖書の一場面。両脇に割れる海。うん。火と水で違うけど、がばって火が割れたらモーセみたいかもな。


 モーセって言うのは旧約聖書に出てくる人物なんだけど、追い詰められた民を助けるために、海が割れるんだよな。


 だめだ…。かなり僕の思考回路は朦朧とし始めているらしい。全然建設的な思考回路になっていない。ロープだよ。ロープ。または板。


「Bloody hell!(畜生!)」


 罵った瞬間に、ふと思いついた。そうだ。ロープだ。いや。ロープじゃなくてもいい。長いものだったらいいんだ。僕を支えられて長いものなら。


 僕は尻尾を伸ばした。びりびりと布が破れる音がしたけれど、そんなことは気にしていられない。とりあえず、伸ばせるだけ伸ばして、それを穴のふちに引っ掛けないようにコントロールしながら、天井に向かってジャンプする。


 轟音と共に地下室付近の床が落ちたとき、僕は天井付近に自分の尻尾でぶら下がっていた。刀三本を抱えたままで。非常にマヌケな図だ。


 木製の梁のせいで、尻尾には棘が刺さっている。しかも埃がかなりたまっていて、ざらざらした感触が尻尾を通じて伝わってくる。嫌な感じだ。それでもとりあえず、穴の中からは脱出できた。


 脱出できたっていえるのか? これ。視線を落とせば、下は火の海だった。なんでこんなに僕の人生は間一髪だらけなんだ? そう思いつつ、次にどうしようかと考えていたら、上から音がした。


「Master! Where are you? (マスター、どこにいるの?)」


 デイヴィッドの声だった。思わずほっとする。


「I'm here. (ここにいる)」


 そう答えたとたんに、傍の天井の一部がドゴンっ! という音と共に地上に落ちた。デイヴィッドがぬっと顔を出して、そして僕を見てほっとしたような顔をする。


「マスター! 今、助けるわ!」


 そう言って伸ばした手に、僕はちらりと下を見てから刀を先に渡した。この梁はまだ大丈夫そうだから、気になるほうを先に渡そう。


「まず受け取って。彩乃が凄い気にしていたから」


 デイヴィッドが顔を引きつらせて口を開いたから、それより早く僕が口を動かす。


「お小言は後! とにかくよろしく」


 そう言うと、デイヴィッドはしぶしぶという感じで刀を受け取って向こう側に消えた。続けてジャックが顔を出したときだった。


「マスタ」


 小さな声が、僕の耳に聞こえてきた。下からだ。その声に思わず視線を落とせば、火の海の中に李亮が立っていた。


「李亮! 何してるのっ!」


 僕が叫べば、李亮が顔を上げて、僕を見つけてほっとしたような顔をする。


「マスタ。助けに来た」


 思わず僕は頭を抱えたくなった。なんでこういう所に来ちゃうかな。逃げ場だってもうほとんどない。


「李亮。とにかく、早く逃げ…」


 逃げろと言おうとした瞬間だった。李亮の傍にあった柱が、火がついた状態で李亮の方へ倒れかかって行く。


「李亮! 右!」


 そう叫べば、李亮が柱に気づいてギリギリに避けた。だが安心したのもつかの間、次は天井が落ち始めた。李亮の顔が引きつって…でも僕を見てにっこりと笑う。


「マスタ。無事。良かった」


「良くないっ! 李亮」


「悔いない」


 そう言って笑って、別れの挨拶として僕に手を振る。


「マスタ。さよなら」


 李亮の声が僕の耳に響いた。


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