第8章 火事(2)
幸いなことに住居にしているこの建物は難燃性で…なんだったか忘れたけど、建設会社によれば火事に強いと言っていた。それでも隣で盛大に燃えれば、こっちだって分からない。くるりと振り返って、僕について二階から降りてきた土方さんとレイラに指示を飛ばす。
「二人とも。ここも延焼するかもしれないから、最低限必要なものだけを持って外の車に運んで、とりあえずここから離れて!」
僕は壁から車のキーをはずして、レイラに放る。レイラが頷いたところで、僕は付け足した。
「土方さん、二階の僕の部屋に行って机の一番上の引き出しを丸ごと持ってきて。そこに重要な書類や外部メモリが入っているから。それさえあれば、あとはどうでもいい」
土方さんが同じく頷いて、レイラの後を追って二階へと上がる。それを視界の端で治めながら、僕は風呂に飛び込むとシャワーで頭から水を浴びた。気休めにしかならないかもしれないけど、念のためだ。そしてリビングに飛び出しざま、二階のレイラに向かって怒鳴る。
「レイラ! 冷蔵庫の血液も一緒に運び出して!」
「分かった!」
燃え残りから大量の血液が出たとか、あとで面倒くさいのは嫌だからね。僕らの数ヶ月分の食事でもある。上からの返事を聞いて、僕は教会堂の中へと突撃した。リビングから出た廊下の端、住居区域と教会の間にある扉を開ける。教会堂の真横より少し奥よりへと繋がっているドアだ。
中は予想していたけれど、煙が物凄い。古いし、このところ雨がなくて乾燥していたからなおさら火の周りが速いんだろう。どうやら火は外へと続く出入り口から燃え始めたらしい。つまり教会堂の入り口の方。そちら側の火の勢いが強い。彩乃と総司のいる側である奥の方は、まだ燃えていなかった。
「彩乃! 総司!」
教会堂の中で走りながら叫べば、彩乃と総司が階段の裏側から、口元を覆いながら出てきた。無事でよかった。
「お兄ちゃん!」
振り返れば、住居棟との間の壁にも火が襲いかかるところで、もう戻れそうにはない。建物の中を移動するよりは、外に出たほうが安全だろう。煙とその匂いは僕らであっても、視覚と嗅覚を奪われる。手近にあった椅子を投げて、窓になっているステンドガラスを割った。
「出て。そこから。早く!」
指差したところから、彩乃が飛び出ようとして足を止めた。
「あ…刀…」
僕は天を仰いだ。
「そんなこと言ってる場合じゃ…」
「でもあれは大事な刀なの。だって…」
総司が引きとめようとするのにも構わず、彩乃が泣きそうな顔になって戻ろうとする。僕はとっさに彩乃の手を掴んだ。
「いい。僕が行く。二人はまず逃げて。レイラと土方さんが外にいるから。早く! 総司、彩乃を頼んだ」
そう言い捨てて、僕は地下倉庫へ向かって走った。まだ火は来ていないし、そのぐらいの時間はあるだろうと目算を立てて、地下へ行き、三本の刀を掴む。そしてもう一度階段を登ろうとした瞬間に嫌な音が聞こえた。非常にまずい気がする。
急いで階段を上がろうとした僕の身体の上へ、轟音を立てて天井が崩れ落ちてきた。




