表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
476/639

第8章  火事(1)

 19世紀のイギリス。クリミア戦争が始まって戦場は遠いけれど、戦中ムードが高まり、その後にロンドンではコレラが流行って、ようやくパリ条約の講和で戦争は終わったなぁと思ったら、すぐにあちこちできな臭い話が始まる。そんな時代だ。


 ロンドンではあちこちでいろんな建物が建てられていて、注目を浴びているものがいくつかあったけれど、一番はウェストミンスター宮殿のビッグベンだろう。後のイギリス国会議事堂だ。建築中か…終わったか…。そして世界でも初めての地下鉄が計画され、工事は始まったけれど、財政上の理由で頓挫し、また再開する。そんな時だった。


 そのころ僕はロンドンに居て、父親に突っ込まれた大学に無理やり通っていた。人間が作った大学なんて、もう本当にどうでも良かった。


 ま、とにかく。寄ってくる人間の女の子は適当につまみ食いし、ついでに寄ってこない女の子も追っかけまわし、誰も彼もどうでもいいので僕の暇つぶしにしていた。


 色々血気盛んだったわけだ。


 そんなときに僕が女性とよろしくやっているところを見ちゃったのが、彼女だった。


 間が悪かったとしかいいようがない。僕はついでに食事もしていたわけで、相手の女性をコントロールするためにばっちりと紅く染まっている瞳も見られてしまったし。


 人間なんてどうでもいいと思っていた僕は、殺しちゃってもいいかな~ぐらいの勢いで、僕の瞳を見ちゃった彼女をつけて、そして家を突き止めた。


 会ってみたら、割りとタイプだったんだよね。うん。なんかいじめたい感じ。それをタイプと呼んでいいのかどうか、悩むけど。


 彼女をからかってみたら面白かったので、殺すのはしばらくやめにして、彼女で遊んでみることにした。今から考えると最低だ。


 彼女の名前はアリス。あの時代のロンドンにアリスなんて名前は一山いくらで売れるぐらい居た。数学者でもあるチャールズ・ドジスンが、アリスの物語を書く前だ。馬鹿らしくて、そのまま彼女に告げたら、彼女は怒り心頭で。僕に命を握られているのも忘れて、怒っていた。


 そういうところも面白くて僕は気に入っていたんだけどね。彼女にとっては不幸だったね。


 彼女の名前を馬鹿にした僕に対して、彼女はしつこく僕の名前を聞いてきた。


 僕はなんて答えたのかなぁ。あまり覚えてない。でも最後はなんだか教えた気がする。とはいえ、いくつかあるうちの名前の一つといえども本名をそのまま呼ばれたくない僕は、適当なことを言ったと思う。リーって呼べっていったんじゃないかな。多分。日本以外の国では「リー」って呼ばせることが多いからね。


 適当に遊んでいるうちに、彼女はどんどん弱っていった。もともと身体が強いほうじゃなかったみたいだし。僕が定期的に彼女から血を摂取していたせいもあるし。


 途中で彼女を殺すのが惜しくなって血を摂取するのはやめたり、一族に伝わる秘伝の薬とか持っていったりしたけれど、遅かった。


 最初は僕を毛嫌いしていた彼女は、いつごろからだろう? なぜだか僕に好きだの、愛しているだの言い出した。


 僕は彼女の真意が良くわからなくて、鼻で嗤って、彼女が望むから、彼女が言ったのと同じ言葉を適当に繰り返していた。


 そんなすべてを後悔したのは、彼女が亡くなった後だった。


 もう会えない。あの彼女はいないのだ…と思ったとたんに、僕は初めて人のために涙を流した。


 本当に馬鹿だね。自分の気持ちにすら気づいていなかったんだ。彼女にもっと本気で好きだと言ってあげれば良かったと…心の底から後悔した。


『あなたが世界を嫌いでも…世界はあなたが好きよ。

 みんなあなたを愛してる。私も…あなたを愛してるわ。

 私が死んで、身体が無くなっても、魂は無くならない。

 あなたをずっと愛してる。

 ずっと…ずっと…あなたの幸せを祈ってるわ』


 彼女が死ぬちょっと前に、僕に言った言葉だ。僕はそれを鼻で嗤った。みんなって誰だよ。とか。世界って誰だよ。とか。種族が違うし。とか。


 そんなことを考えて、自分で自分の世界を狭めていたんだと後で分かった。


 …気づいたときには、彼女は…アリスは…もう僕の手の届かないところに行ってしまっていた。


 もしも本当に天国があるのであれば、きっと彼女は天国にいるだろう。そして人間でもないし、どう考えてもいい行いをしていると思えない僕は、人間の言う天国に行ける気がちっともしない。


 牧師なんてしているのにね。


 とにかく。あのころのロンドンは産業が盛んで、あちこちで色々なものが作られていて、いろんなものが壊されていて、燃やされていた。


 ちょうどこんな臭いが、しょっちゅう立ち込めていて…。




「おいっ。宮月!」


 土方さんの怒声が響いて、僕の部屋のドアが開かれた。どうやら僕は机で転寝をしてしまっていたらしい。ここ最近、色々忙しくて眠れてなかったからかな。珍しい。


「どうしたの?」


 そう言って…僕は気づいた。燃える臭いは夢じゃない。


 慌てて立ち上がって下の階へ降りれば、煙が立ち込めていて、燃える音がバチバチとしていた。


 音がする方向は…教会だ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ