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間章  驚いたこと

---------- 彩乃視点 ----------


 総司さんと二人で出かけようとしたら、玄関でばったりと土方さんと出会ってしまった。


「おう。総司。おめぇらも出かけるのか」


「ええ。ちょっと駅前まで」


「俺もだ」


 ちらりと総司さんが問うようにわたしを見る。土方さんは苦手だけど…でもここで一緒に駅に行くのは嫌…なんて言えない。わたしはおずおずと頷いた。


「土方さん、一緒に行きませんか」


 総司さんが嬉しそうに声をかける。総司さん…土方さんのこと好きだよね。


「俺はいいけどよ。おめぇ、そっちはいいのか?」


「はい。大丈夫です」


 総司さんがそう言ってわたしを見るから、わたしも笑って頷いてみせた。


「じゃあ、一緒に行くか」


 三人で歩き出す。土方さんと総司さんは並んで歩いていて、わたしはちょっとだけ総司さんの後ろ。


 土方さんと総司さんは楽しそうに話しているの。むむ。なんかもやもやする。二人は土方さんが働いているバーの話から、いつの間にかこの時代で何に驚いたかという話になっていたの。


「あの喋るエレなんとか…ありゃあ、驚いたな」


「ああ、エレベーターですね。そう言えば、喋るんだからこっちの言うことも理解するだろうと思って、しばらく二人でじっとしていましたよね」


 喋るエレベーター? あれかな。何階ですとか、ドアが閉まりますとか、音声が流れるエレベーターのことかな?


「喋ると言えば、厠が喋ったのにも驚いたぜ」


「え? 喋る厠があるんですか?」


「あるんだよ。右が男性用で左が女性用とか喋りやがるし」


 土方さんの話を聞いていて、わたしは理解したの。目の不自由な人用の音声案内版のことだよね。きっと。トイレに入るときに音声が流れる場所があるもの。


 女性のほうには、水の音だけが流れる機械があると教えてあげたら、びっくりするかもね。


 わたしたちが駅前に近づくと、向こう側でうろうろと地図を片手に困ったようにしているご夫婦が見えた。西洋の人っぽい。ちらりとわたしたちのほうを見て、そしてつかつかと歩いてくる。


「お、おい。なんか異人が寄ってきやがる」


「土方さん、異人って言ってはいけないそうですよ。外国の方と呼ぶのが良いそうです」


 土方さんが慌てたようにして、ちょっとだけ総司さんも緊張しているのが後ろから見えた。


「Excuse me. May I ask you? (すみません。尋ねてもいいですか?)」


 奥さんのほうが話しかけてきたところで、土方さんが一歩後ろに下がる。


「お、俺はダメだぞ。異国の言葉は喋れねぇ」


 総司さんがちらりとわたしを見て、わたしがじっと総司さんを見返したら、ごくりと総司さんの喉が鳴った。


「Yes.」


 わぁ~。総司さんが英語喋るところ、初めて見る!


 思わずわくわくして見ていれば、総司さんは相手の人とやり取りをし始めた。駅へ行きたいんだって。それでちゃんと総司さんは説明してあげたの。しかも凄くきれいな発音だったの!


「Thank you!(ありがとう)」


「Not at all.(どういたしまして)」


 会話が終わって会釈して去っていく夫婦を見送ったとたんに、総司さんがしゃがみこんだ。思わずわたしも隣にしゃがみこむ。


「総司さん? 大丈夫?」


「緊張しました…」


「でもすごく綺麗な発音だったよ?」


「それは…俊に鍛えられましたから」


「はい?」


 総司さんがのろのろと立ち上がった。合わせてわたしも一緒に立ち上がる。


「鬼でしたよ。俊。例えばplayをプレイなんて発音しようものなら、そのエルの発音は違うって…」


 思わず目をぱちぱちと瞬きしちゃった。お兄ちゃん、総司さんにそんなに煩かったんだ…。あ、でも確かに私にも煩かったかも。


「エルは舌を噛むけど、アールは舌を後ろ側にひいて口の中のどこにもつかないから、音が違うと。それに日本語のラリルレロだとエルとアールの中間になるから、中途半端になって、rice(ご飯・米)が、liceシラミに聞こえると言われました」


 うん。総司さんのエルとアールの発音、綺麗。


「他にもbathとbusで、thは舌を歯で挟んで発音しろとか、sは空気が抜ける音がするとか」


「俺はぜってぇ、あいつに習わねぇぞ」


 土方さんが顔をしかめる。


「でも…発音は綺麗なほうがいいですよ?」


 わたしがそう言っても、土方さんは首を振った。


「ぜってぇ、嫌だ」


 お兄ちゃん…言ってることは正しいかもしれないけど…言葉の話になると、とっても煩くなるもんね。確かに。


「しかしこの場合は俊に感謝するべきなんでしょう。相手の言葉も楽に聞き取れましたし、私が言ったことも通じたようですし」


「そうだよね」


 総司さんの言葉に嬉しくなって返事をすれば、優しく微笑まれた。でもまだ聞こえる横からの不満げな声。


「俺はぜってぇ、嫌だ」


 わたしは土方さんをじっと見た。


「土方さん…子供みたい」


 そう呟いたとたんに、土方さんの顔が真っ赤になってぎょろって睨んできたの。思わず怖くなって総司さんの背中に隠れたら、総司さんの笑う声が聞こえた。


「まあまあ。本当のことを言われたからって怒らないでください」


「な、総司、てめぇまで」


「はいはい。あ、私と彩乃はここで。じゃあ」


 そう言って、わたしたちは手を握りながら、急いで土方さんから逃げ出した。怖いから後ろを見てないけど…。


「ね? 土方さん、怒ったかな?」


「大丈夫。このぐらいなら、あの人はすぐ忘れるから」


 おうち帰ってからが怖いけど…総司さんが居れば大丈夫だよね? 総司さんを見れば笑っていたから、安心してわたしも笑った。



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