第4章 お留守番(10)
「宮月殿?」
その声で我に返る。
「いや、ちょっと知り合いの名前に似てたんで…」
「そうなんですか! 一生懸命考えたのに」
「あ、まったく同じってわけじゃないんで」
隣でほっとしている。いや、あの…でも。
長州藩っていうのは、勤王派の急先鋒だ。まあ、簡単に言っちゃえば壬生浪士組とは仲が悪い。もしくはこれから悪くなる。そして吉田稔麿といえば…まいったね。
「宮月殿?」
「あはは~」
僕は笑ってごまかした。別に今日は非番だし。真面目に仕事しようとか思ってない僕としては、何をするつもりもない。
「じゃあ、これからは吉田殿とお呼びしたほうがいいですかね?」
「はい。ぜひ」
あ~。まいった。
吉田稔麿は、長州藩士。かなり自由な思想の持ち主で、頭も切れたらしい。明治になってから「生きていたら総理大臣になっただろう」と言われたほど。でも来年死亡する…。
人間はみんな僕よりも早死にだからね。そこについては、なんか麻痺していて、なんとも思っていない。仕方ないじゃん?
とは言え、僕、一応、新撰組。もとい壬生浪士組。
このシチュエーションはいいのか?
…。
ま、いっか。
「ま、ま、ま、さあ、もう一杯」
僕は徳利をもちあげて、またお酒を勧めた。こういうときには飲むしかないよね。僕は酔えないけど(涙)
「ではでは」
といいながら、松里殿改め、吉田殿がお猪口をあげたときだった。
「御用改めである!」
下から微かに平助の声が響いた。僕は耳がいいからね。
やばい。
「吉田殿、逃げたほうがいい!」
「はい?」
「新撰…ちがった、御用改めが…」
そういったとたんに、足音が響いてくる。ちょっと待って、ここで捕まるのまずいんじゃない? いや、言わなきゃばれないか? あ、でも訛りでばれるか。
翻訳しちゃってるけど、実は結構、みんなお国訛りがあるんだよ。つまり方言が山盛りなわけ。それでどこ出身ってばれるらしい。僕はそこまで訛りがどうとかわからないから、出身地当ては全然ダメなんだけど。
実は誰との会話もフィーリングだったりする(笑) ま、どんな言語もそうだよ。細かいニュアンスなんて適当だ。
でもここで吉田稔麿を捕まえさせるわけにはいかない…気がする。乱闘になったら僕はどっちの味方をしたらいいかわかんないし…。
「こっちへ」
緊張している吉田殿を抱え込むようにしながら、僕は窓をあけて外を見る。ここは2階で、うん。屋根に出るならいけるかな。
訳がわかってない彼を抱えたまま、僕は窓枠に手をかけて、そのまんま屋根の上に躍り出た。
引きずる感じだったけど、なんとか吉田殿も持ち上げられた。あ~よかった。




