第7章 教会(1)
コンコンと小気味良く木刀がぶつかる音が響く。まだまだ残暑が残る九月の下旬。教会堂は天井が高いから、ある程度は涼しいけれど、それでも動けば汗が飛ぶ。
目の前では総司が弟子となった修平くんの木刀を受けていた。どこでも打ってきていいですよとにっこりと微笑まれて、修平くんは一生懸命打ち込んでいるが、一度として総司には当たらない。まあそうだよね。
僕は土方さんと並んでその様子を見ていた。彩乃とレイラも少しばかり距離をあけて僕らの隣にいる。
反対側には、やはりその様子をもう一人の総司の弟子である柳瀬くんが見守っている。次が彼の番だからね。見守るというよりは見取り稽古だな。そして…実は弟子がさらに二人ほど増えていた。
柳瀬くんが自分の友達を二人ほど引きずりこんでいて、何くんと何くんだったか忘れたけど、柳瀬くんの隣で固唾を呑んで、修平くんと総司のやり取りを見ていた。
カーンと音がして、総司が修平くんの木刀を上から押さえつけるような形にして動けなくしたところで終了した。
「このぐらいにしておきましょう」
総司が言うと、さっと修平君が木刀を自分の脇に下ろすようにして、頭を下げてお礼を言う。
「いい打ち込みでした。稽古の成果が出ていますね。この調子でがんばりましょう」
総司の言葉に修平くんが嬉しそうな顔をした。
「総司、甘ぇよな」
その様子を見ながら、ぽそりと土方さんが人間に聞こえないぐらいの声でつぶやく。
「いいんだよ。あれで」
僕もつぶやき返した。
土方さんが来たばかりのとき、この稽古に顔を出して、総司に追い返されたことがある。わーっと幕末の調子で怒鳴り散らしちゃったんだよね。それ以来僕と総司から「余計なことは言わない」という約束をさせられて、ここに顔を出していた。
ま、土方さんとしては、少し切ないかも。
次は柳瀬くんだ。修平くんは彩乃の剣道友達で、もともと剣道という素地があるから構えもしっかりしているし、打ち込みもしっかりしている。
問題はこっちだな。半年ぐらいやっているとはいえ、まだまだ構えがフラフラしていた。毎日やっているわけじゃないしね。半年ぐらいだとこんなもんかな。
それでも先生に向かっていって、どこでも狙っていい…なんていうのは、現代としては貴重な体験だし、かなり面白い経験だろう。差し詰めチャンバラごっこという感じだ。
物凄く嬉しそうな顔をしながら、柳瀬くんは総司の前で木刀を構えた。総司も静かに晴眼の構えを取る。
「どうぞ」
総司の声がしたとたんに柳瀬くんが木刀を振り上げた。
うーん。動作が大きいなぁ。実戦だったら、あの段階で胴か脇の下を斬られてるな。でも総司はそこを見逃して、柳瀬くんが打ってくる木刀を自分の木刀で受ける。
カンと木刀同士がぶつかるいい音がした。
「しっかり構えて」
総司が柳瀬くんの木刀を押し返しながら言う。柳瀬くんはムキになって総司に向かって木刀を振り上げるけれど、それも簡単にはじき返される。
コン…コ、コン…コンというような、あまりリズミカルではない音が響いた。柳瀬くんのモーションが大きいからリズミカルにならないんだよな。
それでも総司は真面目な顔をして、彼の木刀を最小限の動きだけで受け続ける。当然のことながら、汗もかいていないし、呼吸を乱してもいない。一方で柳瀬くんの方は、すでにダラダラと汗だくになっていた。
コーンと音がして柳瀬くんの木刀がはじかれて、大きく体勢を崩したところで総司が終了を告げた。
「少し動きが大きいですが、踏み込みはいいですね」
っていうか、めちゃくちゃ攻めてきていただけなんだけどね~。総司は上手に柳瀬くんのことも褒めている。
柳瀬くんも嬉しそうに、にっこりと笑って頭を下げた。隣で土方さんがフンと鼻を鳴らすが、僕は無視した。
総司はすっとまだ始めたばかりの二人のほうを向く。
「お二人に打ち合いは早いですから、もう少し稽古が進んだらにしましょう」
そう言われて、二人は凄く残念そうだった。それでも総司はフォローを忘れない。
「筋はいいですから、すぐに打ち合いができるようになりますよ」
そして柳瀬くんと修平くんのほうを向く。
「追いつかれないように鍛錬しないといけませんね」
後から来たものには追いつくように、先を行くものには追いつかれないように、結局双方とも鍛錬しないといけないわけだ。うまいね。
「おい。宮月。相手しろ」
土方さんが僕にぽいっと木刀を渡してくる。
「え~。彼らの稽古が終わったらにしようよ。土方さん、まだ力が抑えられないでしょ。人外の動きになって、気が気じゃなくなるから嫌だ」
僕が周りに聞こえないように小声で呟けば、ニヤリと土方さんが嗤う。
「よし。じゃあ、この後、おめぇと打ち合いな」
しまった…。僕は土方さんの相手が面倒で、逃げ回ってたのに。仕方ない。僕はしぶしぶと頷いた。
「いいよ。やるよ」
そう答えた瞬間に、総司がこっちを向く。凄い目をキラキラさせた感じで僕を見る。
ちょ、ちょっと待ってよ。今の会話…あ~、聞いてたか。一族だもんな。聞こえるよ。
「はぁ~。いいよ。わかったよ。相手するよ。二人とも」
僕は修平くんたち人間には聞こえないぐらいの声でつぶやいた。




