第6章 嫌がらせ(2)
僕が口を開こうとしたところで、ドンドンと音がして土方さんが階段を下りてきた。
「おっ。宮月。いいところにいた」
「はい?」
「飲みに来い」
えっと…どこへ? 僕が考え込んだ隙に、土方さんの腕ががっしりと僕の首と肩を捉える。
「いいから来い。かっちゃんの店に行くぞ」
思わずため息が出る。一種の同伴営業だ。かわいい女の子ならともかく、なんでこんなオッサンと…。まっ、いっか。僕もちょっと土方さんが何しているか、気になっていたし。
「いいよ。車で行こう」
「おい。飲みに行くんだぜ?」
僕は肩をすくめた。
「僕が酔っ払うまで飲むなんてありえないよ。検問をやっていたとしても、絶対に引っかからない。人間が飲む程度のアルコールなんて、悲しいことに、僕の肝臓からしたら一瞬で分解する」
そうなんだよね~。どうやら土方さんや総司は、相当強いお酒を飲めば多少は酔えるらしい。ある意味、羨ましい。そういや彩乃も幕末で一升以上飲んで酔っ払ってたっけ。一族としては相当弱いね。ちなみに人間に飲酒運転は勧めないよ。うん。僕は人間じゃないからね(笑)
さっきの話の続きもあるし…と、レイラを見れば、視線を逸らされた。これ以上何かを喋る気は無いらしい。まあ、いいとしよう。そのうち話してくれるだろう。
車で軽くドライブした後で、カランコロンと軽いドアベルを響かせてバー・ライトブルーのドアを開く。
「いらっしゃいませ」
渋い声に歓迎を受けながら、土方さんと一緒にカウンターの端に座る。先日と違って、今日はほとんど満席だ。どうやらカウンターの一番奥のこの席が土方さんの定席らしい。
「先日はどうも」
バーテンダーの近藤さんが僕に挨拶する。僕も軽く笑って応じた。
「いえいえ。こちらこそ、いつもお世話になっています」
土方さんの肩に手をおいて、にこやかに言えば、くすりと笑いが漏れた。
「何にします?」
ちらりと壁のボトルを見て、僕はタリスカーを頼んだ。スカイ島(英国北部)のモルトウィスキーだ。土方さんはにやりと笑って「いつもの」と言う。その台詞に諦めたような呆れたような表情を近藤さんがした。
そして僕らの前にグラスが置かれる。土方さんのグラスに入った透明な液体から香るのは、かなり強いアルコールの香りだ。
「ウォッカ?」
僕が尋ねれば、土方さんはにやりと笑う。
「すげぇ強いやつだ」
問うような僕の視線に、近藤さんが答える。
「スピリタスですよ」
あ~。あれか。かなり度数の高いウォッカだ。ほとんどアルコールっていう。
「総司も気に入ってたぜ?」
そりゃ、そうだろうね。一族が酔える唯一のお酒かもしれない。まあ良いけどね。僕の好みじゃないな。
「Slangiva, good health and happiness to you.」
僕がグラスをあげてそう言えば、土方さんが目を丸くした。
「なんだ?」
「Slangivaは、スコットランドの乾杯の掛け声。健康と幸せを祈りますって言った」
「けっ。日本人なら日本語で言いやがれ」
僕はにっと笑ってみせた。
「悪いね。僕は日本人じゃないからね。せっかくのアイランドモルトだし。ちょっと雰囲気を出してみた」
「けっ」
「ま、乾杯ってことで」
チンと軽くグラスをぶつけて、もう一回乾杯すると、ゆっくりと琥珀色の液体で唇を湿らす。しっかりとした味だ。




