第6章 嫌がらせ(1)
夜昼構わず電話が鳴るようになった。最初は故障かと思ったが、そうではないらしい。煩くて仕方がないので、電話の電源をオフにする。番号を変えても、状況は同じ。この状況が三週間ほど続いている。
「一体…どうなってるわけ?」
残暑が厳しい夕方。日中からクーラーをつけたまま、薄暗くなり始めたリビングのソファで僕がぼやけば、レイラがダイニングテーブルの上のノートパソコンをパチパチと叩きながら応える。
「どうやらそういうソフトを使ってるみたい。何回も電話をかけるっていう」
「逆探知は?」
「してる。登録されてる住所と発信源の住所が違うみたい」
「はい?」
「幽霊回線ってやつね」
それって…完全なる嫌がらせじゃないか。
「そうね」
まったく困った。これじゃあ、教会に連絡が来たら困るよ。
「連絡先がコンピュータ以外だったら、通すとか…そういうプログラムを組みましょうか?」
あ、そんなことができるなら助かるかも。
「じゃあ、すぐ組むわ」
そこまで考えて…僕は気づいた。口に出していないことにレイラは返事をしている。思わずソファから彼女を振り返る。
「ちょっと。レイラ?」
「あっ!」
その呼びかけだけでレイラ自身も気づいたらしい。慌てたように口に手をやる。もう遅いよ。おろおろしている彼女に思わず眉を顰めた。
「いつから? 考えを読めるなんて…僕は知らなかったけど」
「えっと…何のこと?」
「今、声に出してないのに、僕の考えと会話してたよね」
「えっと…ぐ、偶然じゃない? っていうか、声、出してたじゃない」
「出してない」
「出してた」
僕は思わずため息をついた。
「怒らないから、正直に言って。いつから考えを読めるの?」
レイラが黙り込む。
「レイラ?」
「…から」
「はい?」
「最初から。いつも読めるわけじゃないの。なんとなく感覚が飛んでくるだけ。今は…二人きりだし、あなたに集中していたから」
あ~。やっぱり。僕はカリカリと頭を掻いた。
「おかしいとは思ってたんだよ。動物だけじゃなくて、昆虫とまで意思疎通できるのに、人間だけが言葉を介して意思疎通するなんて」
レイラの頬がうっすらと染まる。
「えっ、えっと。ほら。人の場合は感じていることや考えていることと、出てくる言葉が違う場合があるから」
慌てたようにフォローするレイラに僕は歩みよって、頭にポンと手を乗せた。
「責めているわけじゃないよ。言ってくれても良かったのにって思っただけ。黙っているのって…辛かったでしょ?」
レイラが目を丸くする。
「あなたが…そんな優しいこと言うなんて…」
その言葉に思わず顔をしかめてしまった。
「あのさ。君は僕を何だと思ってるわけ?」
「え? えっと…人のことを思いやらなくて、人間嫌いで、一族も嫌い。面倒なことも嫌いで、自分の興味あること以外には動かない。冷血漢」
レイラの言葉に思わず大きくため息をつく。
「それでよく僕を好きだなんて言えるね。君から見えてる僕は最低じゃないか」
レイラがにっこりと僕を見て笑う。
「嘘よ。あなたは口が悪いし、気まぐれだけど…本当に悪い人じゃないのは、知っているわ。昔から。多分、あなたが思っている以上、昔から…」
その言い方に僕はちょっとだけ引っかかった。レイラと会ったのはいつだったかな。確か彼女が生まれて、しばらくしてからだったと思う。120年ぐらい前か。僕より100歳ぐらい年下のはずだ。




