第5章 やきもち(8)
自分でも認識している。翼と尻尾を出した僕の姿は、人間が考えるところの悪魔の姿そのものだ。別にそれを誇る気も恥じる気もない。ただ僕は僕だ。それでも人間に見えないことは確かだろう。
だからこそ…僕は自分と一族との間の子孫を残すのをどこかで恐れていた。僕はいい。翼も尻尾も隠せる。人間のふりができる。でも、次は? その次は? そして僕が子供を作ったときには、ほぼ確実にこの一族を背負わせることになる。
夜中に…たまに思うんだ。何もかも面倒になって…全部、滅んでしまえ…と。僕らも人間もすべて…。全部。そんなことを考える自分にぞっとする。そんな僕が自分の子供を残すなんて…。
ちらりと視線をメアリからはずして後ろを見れば、彩乃の顔は強張っていて、総司と土方さんは目を見開いて僕の姿を見つめている。デイヴィッドとジャックの喉がごくりと鳴った。
「これ以上、血を濃くして、人間とはまったく違う子供が生まれたら? その子は迫害の中で生きていくことになる」
ゆらりと僕はメアリに手を伸ばした。メアリが喉を引きつらせる。
「僕は自分の子を迫害に晒すようなことはしたくない。こんな世の中に自分の子供を残したくない。そんなのは真っ平ごめんだ」
そう言いきって、メアリの喉を掴もうとしたときだった。
カポーン。
間抜けな空を音がして何かが飛んできた。僕の頭を直撃しようとしたそれを、とっさに掴んだ。ぐにゃりと変な感触がする。なんだこれ? スリッパ?
「てめぇは馬鹿か」
スリッパに視線をやったとたんに、吐き出されるように言われた言葉が耳に飛び込んでくる。声の持ち主…土方さんがゆらりと立ち上がった。
「何が自分の子を迫害に晒したくねぇだ。だったら、そういう世の中にしやがれ」
土方さんの言葉と、スリッパと、僕はいま一つ状況が飲み込めなくて、思わず瞬きを繰り返した。
「何が、共存できたらいいだ。口先じゃなく、てめぇで動きやがれ」
土方さんがずぃっと出てきて、僕の胸倉を掴む。
「てめぇは御託だけ述べて、何もしてねぇだろうが。ほら。さっさとその翼も尻尾もしまえ」
思わずあっけにとられて、僕は素直に翼と尻尾をしまいこんだ。それを見ると土方さんは満足そうに笑って、メアリのほうを向いた。
「ばあさん。わりぃが、その女は総司と恋仲なんだ。それを壊すのはやめてくれ」
メアリがあまりのことにまだ理解できていないような表情で、気おされるように頷く。そして土方さんはまた僕のほうへ向き直った。
「てめぇが、誰とくっつこうが、どうでもいいが、一つだけてめぇのために言っておいてやる。甘えんな。今が嫌なら自分で変えろ。てめぇも新撰組だった男だろうがっ!」
僕は思わず土方さんをマジマジと見てしまった。
「忘れんな。俺らは自分たちがいる場所を変えたくて、命をかけて何かを成そうとしたんだろうが。誰かが変えてくれるなんて甘ったれたこと考えるな。てめぇがてめぇの子供のためになんとかしてやれ」
思わずあっけに取られたように笑ってしまった。
「何、笑ってんだよ」
「いや。土方さんは、土方さんだと思って…」
「あほかっ。てめぇは」
土方さんはじろりと僕を見た。
「てめぇは、総司とてめぇの妹の子供にも、反対すんのか?」
総司と彩乃の瞳が不安そうに揺れる。僕はゆるゆると首を振った。
「彩乃は…そんなに血が濃く出てないから…。総司も眷族だし。二人の子供は大丈夫だと思うよ…。だけど…」
自分でも矛盾していると思う。自分の子供は嫌だ。その一方で彩乃と総司の子供は見たいと思う。きっと二人の子供だったらかわいいだろうし、二人が望むならそれは反対しない。だけれど、自分の子供というのが…不安だった。
僕が言葉に言い淀んだ瞬間に、レイラが僕の傍に来て、僕の腕に自分の腕を絡み付けた。そしてメアリを睨みつける。
「メアリ。彼は私のものだから」
え?




