第5章 やきもち(7)
しばらくして彩乃が帰ってきた。彩乃は大学の畑サークルに入っていて、休み中も交代で大学に行っては水やりや、雑草取りをしているらしい。総司に一生懸命、トマトやかぼちゃやナスの話をしていた。
レイラが二階から降りてきて、デイヴィッドにジャック、メアリも家に押しかけてきて、トドメのように土方さんまで帰ってきた。今日は休みなんだって。
わいわいと夕飯というか、なんかちょっとつまみながら、お酒を飲みながら、皆で話す。僕はそれをダイニングでつまみを用意しながら見ていた。
なんだろう。こういう雰囲気。煩いけれど悪くない。久しぶりに屯所で食事していたときみたいだ。
総司は彩乃の傍に座って、二人でさっきの続きで、野菜や虫の話を喋りながらお酒を飲んでいる。それに土方さんが茶々を入れて、総司が彩乃をかばって…。
僕はほぉっとため息をついた。こういうときは李亮も呼んであげると喜ぶかな。椅子が足りないけれど、もう土方さんはリビングのラグの上に直接座っているし、大丈夫だろう。
総司に李亮へ連絡してくれるように頼めば、レイラが引き受けてくれた。
僕はそれを見て、また包丁を握った。
「マスター」
メアリがいつの間にか傍に来ている。
「何?」
「本当に彩乃様をあの…ソージさんに渡すのですか?」
僕は顔をしかめた。
「しつこいよ。メアリ。彩乃と総司は相思相愛。僕が割って入る話じゃないし。もともとそんな気もない」
「しかし…一番濃い血の結びつきが…」
僕は包丁を置いて、メアリに向き直った。いつの間にか、皆の視線がこちらに向いている。
「メアリ。言っておくけど、僕は彩乃を妻にする気はない。ましてや彩乃に僕の子を生ませる気なんて、これっぽちもない」
「しかし…せっかくの血が…」
「血なんていいよ。これ以上、血が濃くなっても困る」
僕の言葉にメアリが目を見開いた。
「人間と共存できたらいい。それ以上、僕は望まない」
皆の目が僕に集中する。
「僕は故意に一族を増やす気もないし、繁栄しようなんてことも思っていない」
「濃い血は能力を強めます。人間から一族を守るためにも…濃い血が必要かと」
メアリの言葉に、僕は自分の中で何かがフツリと音を立てて切れるのを感じた。
「メアリ。これ以上、血を濃くしてどうするの? これ以上、人間との間を隔ててどうするの?」
僕の中で押しとどめていた感情がマグマのように溢れ出していくのを感じる。メアリがじりりと一歩下がった。
「これ以上、人間よりも強い力を持って…どうするの? 世界征服でも企てる?」
また一歩、メアリが下がる。僕はそれを追うように一歩踏み出した。
自分の瞳が紅くなっていくのを感じる。僕は背中を解放した。布が破ける音がして、ぱさりと黒い翼を広げる。
「ねえ。メアリ?」
もう一つ、僕は自分の尻尾を開放する。やはり布が裂ける音とともに、ぬらりとした尻尾がメアリの前に揺れた。
メアリの顔が蒼白になり、また一歩後ろに下がる。
「人間は…肌の色が違う、宗教が違う、国が違う…そう言って争うんだ。僕の姿を見ろよ。メアリ。僕は人間に見えるか?」
メアリがじりじりと僕からまた一歩下がる。僕はもう一歩、追い詰めるように前に出た。




