第5章 やきもち(2)
「大学で何をやっていたか聞かれたら、居合に明け暮れて、勉強をしてなかった…って答えれば、まあ納得してもらえるレベルだよ。ついでに大学のうちに高校の勉強も忘れたって言っておけば完璧」
「はぁ」
納得してなさそうな総司に、僕は微笑んだ。
「今時の大学生は遊んでいるのも多いからね。怪しまれないよ。あとは君がやりたいと思う仕事を探すだけ。就職するのか、事業を起こすのか、任せるよ。どちらにせよ、今は不景気だからね。なかなか厳しいとは思うけど」
総司が真面目な顔をして頷いた。
「まずはやってみたら」
「はい」
総司がすっと立って教会堂のほうへ歩きだす。
「すぐに探し始めます。この時間がもったいなくて」
そしてパタンとドアが閉まった。
「慌しいね」
李亮にこぼせば、李亮はビスケットを口に入れたまま頷いて同意してくれた。
ちなみに今日はレイラと彩乃は二人で買い物。そして土方さんは出かけた。ちょっと早い時間だけれど、例の仕事だろう。そしてデイヴィッドたちは家の周りに居るのか…または自分たちの家か。
僕は紅茶を飲み干して、もう一杯入れるべく、ティーポットにお湯を注ぎに立つ。李亮がやろうとしたけれど、それは手で制した。
再びソファに戻ってきて、李亮のカップにも紅茶を入れれば、彼は恐縮していた。
「君も…そろそろ仕事を探したほうがいいかもね。慣れただろうし…日本語も大分わかるようになったでしょ?」
李亮がびっくりしたような顔をして僕を見る。
「自由になれるよ」
そう言ってあげれば彼はぶんぶんと首が取れそうなくらい頭を振った。
「マスタ。いいマスタ」
「そう?」
「はい。傍にいる。したい」
なんかくすぐったいな。彼を一族に引き入れて、人生を変えてしまったのに。
「ま、好きなだけ傍に居ればいいよ」
僕がそう言えば、李亮は嬉しそうに、にっこりと笑ったが、すぐにその笑顔が曇る。
「どうしたの?」
そう問えば、李亮が首を振った。
「私、がんばる」
「はい?」
「マスタの傍に居たい。何もできない。辛い。私、がんばる」
あ~。傍に居たいけど、何もできないのは辛いから、頑張るといいたいのか。
僕は思わず李亮の頭をなでた。ほっそりして小柄な李亮は年齢よりも若く見えるから、思わず撫でちゃったけど、考えてみたら、そりゃ無いか。気づいて、すぐに手を止めたけれど、彼は気にしてはいないようだった。
「無理しなくていいよ」
問うような眼差し。
「僕も他人のことは言えないけれど、みんな誰しも自分と他人を比べて『ここができない』って考えてしまうことが多いんだよね」
でも…と僕は続けた。
「何を基準にして考えるかってことだと思う。さっきだって君がお菓子を食べながらにこって笑ってくれるだけで、心が温かくなるし。日曜日の教会で話をしているときに、みんな聞いてるのかなぁって思って視線をやって、君が真面目な顔をして聞いていて、救われた気分になったこともあるし。物理的に何かができることだけが、できることじゃないんだよ」
彼は僕の言葉をじっと聴いている。
「居てくれればいいんだ。君が君らしくね。その中で、できることをやっていけばいいんだよ。たまにこうやって僕の話を聞いてくれたり、ね?」
李亮がにっこり笑って、こくんと頷いた。




