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間章  不安(3)

「彩乃?」


 わたしの戸惑いが伝わったみたいで、総司さんがわたしの傍に来て顔を覗き込んでくる。少し心配した色を宿した瞳に、もっと不安そうな顔をしたわたしが映っている。


「どうした?」


 総司さんが優しい声を出して、わたしの頬にそっと手を伸ばそうとしたときだった。傍で声が上がった。


「総司さん! ちょうど良かった。私、あなたの連絡先を知りたくて」


 冴子ちゃん…。二人のやり取りを見ていたくなくて、思わず顔を伏せた。俯いているわたしの耳に総司さんの戸惑うような声が聞こえてくる。


「連絡先…ですか? 彩乃に言ってもらえれば…」


「直接連絡を取りたいの。携帯番号か、メアドか、教えてくれないかな」


「両方とも持っていません」


「え?」


 総司さんのきっぱりとした返事に、冴子ちゃんが虚を突かれたように聞き返す。


「今のところ必要性を感じたことが無かったので」


「で、でも…彩乃ちゃんと連絡を取るときは?」


「彩乃は、いつも私の傍にいますから」


「えっと…迎えに来たときの待ち合わせとか…」


「迎えに来れば、彩乃が私を見つけてくれます。または私が彩乃を見つけます」


 当たり前のことを当たり前のように言う返事。きっと人間には分からない。だって…総司さんがどこにいるか…わたしにとっては見つけるのが簡単なの。もしもラウンジに居なくても、総司さんの匂いや声を見つければいいんだもの。


 総司さんのほうは…というと、総司さんにはいつもわたしの行く場所は伝えてあるし、そうじゃなくても周りの友達に聞いてくれたりして、わたしを見つけてくれる。携帯電話がない時代に居た人だから、そうやって人を探すのは当たり前だって、前に笑っていた。


 総司さんの答えに勇気を貰うようにして、わたしが顔をあげると、彼が微笑んでくれた。その様子を見て、冴子ちゃんがイラついたようにつぶやく。


「ああ。もうっ」


 そして総司さんにぐっと近づいた。


「私は、あなたと個人的に知り合いになりたいの」


「すみませんが、私はあなたと個人的な知り合いになる必然性を感じません」


「はい?」


 きょとんとした顔の冴子ちゃん。


「彩乃の友人としてなら構いませんが、私個人の友人としては、どうもあなたとは相容れない部分があるようです」


 冴子ちゃんの表情が見る見るうちに硬くなる。


「お話はそれだけですか?」


「…」


「それだけですね」


 総司さんがわたしのほうを向こうとした瞬間に、冴子ちゃんの片手が上がった。それをすかさず総司さんが掴む。思わず身がすくむほどの物凄い総司さんの殺気。


「あなたは誰を叩く気ですか? 私ですか? 彩乃ですか? 彩乃に手を上げるのであれば、女人と言えど容赦はしません」


 総司さんの目は幕末に見た、向かってくる浪士を睨み付ける目だった。へなへなと冴子ちゃんは腰が抜けるように座り込む。それを総司さんは立ったまま見下ろした。


「彩乃に近づいて害を与えるようであれば許しません。もっとも…彩乃は、あなた程度が手を出せるような相手じゃありませんけれどね」


 戦意を喪失した冴子ちゃんの状態を確認すると、総司さんはわたしに視線で、談話室を出るように促した。彼の警戒心は冴子ちゃんに向いたまま。


 冴子ちゃんは床でわたしたちを見つめたままガタガタと震えていた。


 パタン。


 わたしたち二人ともが談話室から出て、ドアが閉まって、ようやく総司さんの警戒が解かれる。


「総司さん?」


「ああいう人は相手にしてはいけない」


「うん」


 総司さんの腕にぎゅっと自分を絡み付ける。ぽんぽんと慰めるように大きな優しい手がわたしの頭を撫でた。


 総司さんはわたしを守ってくれて、わたしの傍に居てくれる。それは凄く嬉しい。凄く嬉しいのに…わたしの頭の中から冴子ちゃんが言った言葉が離れない。


---------男の人なんてわからないわよ。絶対なんてないもの。あなたより綺麗でかわいい子だって一杯いるし。いつか誰かに取られるなんて、当たり前よ---------


 いつか…そんな日が来ちゃうの? 男の人として好きになったのは総司さんが初めてで…。何もかも初めてなわたしには、分からないことだらけで…。


 そうなの? 誰かが、わたしから総司さんを取ってしまう日が来るの?


 もやもやとした黒いものが、わたしの心の奥に残ったのを感じた。


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