第4章 夏、いろいろ(5)
僕は一瞬黙り込んだ土方さんを見ているうちにいい事を思いついた。
「こんなのはどうかな」
彩乃が総司の腕にしがみついたまま、まだ土方さんが脅かした余韻が残っているのか、泣きそうな表情のまま僕を見る。
「僕の友人が、昔戦場だったところに登山に行った。それで山で道に迷って陽が落ちた。ここまではさっきの通り。
そして暗くなったところで、後ろに男の人が立っていたのに気づいて、道案内をしてもらおうと声をかけるんだよ。その男は黙って友人を道案内してくれたので、無事に道路まで出ることができた。お礼を言おうとしたら、忽然と消えていた。
宿で見た本にその男が載っていて、それが150年前に死んだはずの新撰組副局長、土方歳三だった」
「おい」
土方さんが文句を言う。
「てめぇは俺を幽霊にする気か」
僕はへらへらと笑ってみせる。
「だって本当だったら死んでるんだから、いいじゃない」
土方さんが再び口を開く前に、レイラが口を開いた。
「でも、それだといい幽霊っぽくて、怖くないわ」
「俺がいい幽霊だと不満かよ」
「確かに驚きは無いですね」
総司まで言い出す。
「うーん。じゃあ、こうしよう。人影を見て、声をかけようとしたら、刀を持って追いかけてくるんだ。土方さんが」
「えっ…。お兄ちゃん。それ…怖い。凄く怖いよ?」
彩乃が小さな声で言って、土方さんがますます彩乃をギロリとした目で睨む。彩乃は意識して土方さんのほうを見ないようにしているのが、絵的に面白くて、僕は吹き出さないように気をつけないといけなかった。
「そこで演出を入れたら、かなり怖くなるんじゃないかな」
「演出?」
「うん。ちょっとしたお芝居っぽくやるんだよ。声音を使って」
そして僕は、ごほんと咳払いをして、見本をやってみせる。
「陽は落ちてしまってあたりは真っ暗。これはまずいと思っていたら、人影が見えた。『すみませーん』と声をかければ、その人がこちらに近づいてくる。『ふもとまでの道を教えてください』と言おうとしたときだった」
僕は刀に手をかけたように見せかけて架空の刀を抜いて、目を見開いて驚かすように大声を出す。
「うぉおおおお」
「きゃああああ」
彩乃とレイラが悲鳴をあげた。
「と、その男が目を見開いて追いかけてきた。慌てて友人は逃げ出した」
そう言い終われば、彩乃が涙目になりながら口を開く。
「その人、どうなったの? 助かったの?」
思わず吹き出してしまった。
「彩乃。これ、今、僕たちで作った話だよ?」
彩乃がパチパチと瞬きをした。
「あ…そうだね」
「ま、最後はなんとか宿までついて、あの時追いかけてきたのは土方さんだったっていうオチでいいんじゃない?」
「その話、俺じゃなくてもいいだろうが」
僕は思わず笑顔を振りまく。
「土方さんがいいでしょ。彩乃が怖がってるから雰囲気でるよ」
その言葉に総司とレイラが吹き出して、土方さんが憮然とした表情をした。
まあ、これぐらいにしておいてあげるか。僕は肩をすくめる。
「ま、名前まで出さなくてもいいかもね。その土地にゆかりがあったお侍とか、なんかそんな感じで」
そう彩乃に言えば、彩乃はこくんと頷いた。
サークル合宿のイベントで、彩乃の話はとっても周りを怖がらせたらしい。
「それで? 百個も話をしたの?」
合宿から戻ってきた彩乃に、ソファに寝転がって本を開いたまま僕が問えば、正面に腰掛けた彩乃はゆるゆると首を振った。土方さんと総司は教会で稽古中だ。レイラは自分の部屋。リビングには僕ら二人だけだった。
「ろうそくが百本なかったの。それに皆が途中で寝ちゃった」
「ふーん。皆の話は? 怖かった?」
僕の言葉に彩乃が複雑そうな表情をする。
「お兄ちゃんのせいで…怖くなかった」
「え?」
「だって、みんな『僕の先輩の友人が』とか、『友達が』とかだったし…お兄ちゃんが分類したとおりのものが多くて…」
「あ。そう。じゃあ、怖くなくて良かったじゃない」
「つまんなかった」
思わず僕は吹き出す。
「やっぱり彩乃が一番怖いのは…土方さん、なんだ?」
彩乃はおずおずと頷いて、慌てて回りを見回して…その姿がおかしくて、僕は思わず盛大に笑ってしまった。




