第4章 夏、いろいろ(3)
それから数日後。水着の決着はどうなったかしらないが、彩乃と総司は仲直りしていたから、なんとかなったんだと思う。二人して僕とレイラがコーヒーを飲んでいたリビングに来て、目の前のソファに腰掛けた。
「お兄ちゃん」
「どうしたの?」
柔らかな日差し…というよりはもうちょっと凶暴なそれが、部屋を明るくしている。もちろんクーラーはしっかり働いてくれていた。
「怖い話、知らない?」
「はい?」
どうやら大学に一泊するというサークル合宿があるらしく、そこで百物語をやるんだって。百物語っていうのは、ろうそくを百本集めて、怖い話を1つするごとに消して、全部消えると何か起こるっていう、怖い話の定番のイベントだ。
「私が相談されたんですが…怖い話というと一条の橋の下で式神から声がする話や、お乳の代わりに水あめをもらいに来た幽霊など、どうやらあまり怖くないらしくて」
あ~。そりゃあ、なんか民話というか、日本の昔話みたいになっちゃうよね。
「うーん。怖い話っていうのは、基本的にパターンがあるんだよね」
「パターン?」
彩乃が小首をかしげた。思わず可愛くて頭を撫でようとしたら、総司に睨まれる。最近、本当に彩乃に対する総司のガードが固くて…。いや、いいんだけどさ。
「まず話は大抵、その人の体験談じゃない。つまり聞いている人が根掘り葉掘り聞けないような間柄の人の体験談だ。例えば友人の友人とかね。そうしておけば、細かいことを尋ねられても、直接聞かれることはないし、裏を取りようがない。だから…そうだな。彩乃が話すなら僕の友人の体験談とか、総司の友人の体験談がいいかもね」
「え? それって怖い話を作るってこと?」
「うん」
彩乃と総司が信じられないものを見るみたいに僕を見る。
「お兄ちゃんなら、一杯怖い体験をしてそうなのに…」
僕はため息をついた。
「彩乃。幽霊、見たことある?」
「ない」
即答。でもそうだと思う。
「僕らの目は暗闇も見通せる。だからそういう意味では、周りが昼間と同じくしっかり見える。大抵の幽霊は見間違いが多いからね」
「幽霊見たり枯れ尾花」幽霊だと思ったら枯れた植物だったってやつだ。人間の目は点が3つあれば、それを二つの目と口に見間違えるようになっているらしい。シミュラクラ現象と呼ばれているけれど。
それに僕の経験した怖い話は、生きている人間が一番残酷だっていう話ばかりだから、怪談の趣旨には外れるだろう。実のところ、生きている人間に比べたら、幽霊なんてかわいいもんだ。
僕は肩をすくめた。
「別に霊魂の存在は否定しない。僕自身、こいつは幽霊だと思う経験もあるし。でも実体験としての幽霊話は、言葉にすると怖さを伝えるのがなかなか難しいよ」
彩乃が真面目な顔をして僕の話を聞いている。
「ま、怖い話っていうのは、昔何かがあった場所で、ありえないものが存在したり、それを見たり…か、または今まで居たものがいなくなるか…そんなのがわりと王道かな」
他にもいろんなパターンはあるけどね。




