第3章 残響(1)
六月も終わろうというころ。僕は自分の身体の不調に気づいた。
なんというか、身体から力が抜ける感じだ。その上、胃がひっくり返るような感じがして、頭痛もしてくる。この胃がひっくり返るような感じというのが、吐き気というやつだろうか。
なんて…。言っている余裕はなさそうだった。
こんな不調は初めてのことだ。原因に身に覚えがある僕が最初にしたことは、この家から離れることだった。
とにかく動けるうちに急いで荷物をまとめる。気づいてからは、急激に体調が悪化していっている。すぐに動けなくなってしまいそうだった。人間はこんな嫌な症状をよく我慢しているものだ。
大きめのボストンバッグに着替えとノートパソコンを突っ込んで、そして僕はちょうどリビングにいた皆に宣言をした。
「ちょっと用事ができたんで、数日出かけてくる」
目を丸くする総司に彩乃。デイヴィッド、ジャック、メアリ、土方さんの表情は動かず、レイラが眉を顰めた。
「じゃあ、あたしたちも護衛で」
そう言いかけるデイヴィッドに片手を上げて制する。
「ごめん。ちょっとした会合だから、連れて行けない」
「会合ですか?」
と総司。
「うん。教会の地区会合。忘れていたよ。泊りがけだから。よろしく。もしかしたら…日曜日の牧師はピンチヒッターを呼ぶかも」
彩乃が首をかしげた。
とにかく不調が悟られないように、僕は笑顔を振りまいて、車のキーを手にとる。
「じゃあ行ってくるよ。後はよろしく」
そう言い捨てて一目散に車に向かった。
ボストンバックを後部シートに放り投げて、エンジンをかけたところで眩暈が襲ってくる。本当に目って回るんだな。
いや、そんなことを感心している場合じゃなかった。とにかく皆に知られないうちに車を出さないと…。
そしてエンジンをかけたときだった。
「運転手をしてあげる」
そう色っぽい声が響いて、僕が何かを言う前に、僕は車の外に運びだされていた。レイラだ。身体がふらふらしていたから、簡単に追い出されてしまった。
「えっと…」
くいっと無言で助手席を示されて、僕は仕方なくそれに従った。とにかく今はここを離れたいし、運転に不安を感じていたから、何もかも見透かしたようなレイラの申し出はありがたい。
無言で車を出し、数キロ行ったところの路肩でレイラが車を止めた。そのころには僕の身体からは冷や汗は噴出しているし、サイドミラーに映る自分の顔が土気色だった。
「大丈夫?」
返事をするのも億劫で、ただ手を前に泳がせた。とにかく前に進め。どっかに行け。そういう意図を伝えたかったんだけれど、なんとか伝わったらしい。
車がまた動きだす。
「どこへ行くの?」
どこでもいい…遠くのホテルへ…。そう言いたいのに苦しくて…。気分が悪くて…何も言えない。しかしレイラはため息をついたかと思うと、そのまま車を走らせ続けていた。そして僕の意識はそこで途絶えた。




