間章 客 その2(1)
------ ユウ視点 ---------
バー ライト・ブルー。今晩の客は一人だけだ。
いつかの晩に来た口調に特徴があって、目つきの鋭い客が、その後、ポツリポツリと通ってくるようになった。いつも先にお札を渡されて、そして飲める分だけ…といわれて酒を出す。
そんなに量を出さないからかもしれないが、飲ませても酔っているところを見せない。
「お客さん、お酒強いですね」
カウンターから言えば、「まあな」と返事がきた。事実を認めただけの気負いの無い返事に、つい悪戯心であることを思いつく。
「一番強い酒を飲んでみます?」
客の目が光る。
「強ぇのか?」
「強いですよ。飲み干せたら店のおごりにします」
そう言うと、一も二もなくノッてきた。
ちょっと意地悪だが、思いついたのはスピリタスというお酒だ。95%アルコール。本来はカクテルのベースにするお酒で、そのまま飲むことはしない。だがあまりに強い客を酔わせてみたくなって、思わず言ってみた。
氷を入れて、冷凍庫からビンを出してシングルで作る。この酒は度数が高いために、冷凍庫でも凍らない。
「どうぞ。でも無理しないでくださいね」
まるで楽しいおもちゃを見つけたような顔をしながら、その客はグラスに口をつけた。
「ちょっとピリピリするな。だが甘ぇ」
そう言ってちろりと舐めたのちに、ぐいっと一気に飲み干してしまった。
「…」
思わず目が点になってから、慌てて水を差し出した。
「ちょ、ちょっと。そんなに急いで飲むなんて自殺行為だ。まずはこれ、飲んで」
無理やり水を飲ませるが、本人はケロリとしている。酒にむせる様子もない。
「うまいな。これ。もう一杯」
「いや。ダメですよ。強すぎます」
「平気だ」
客がにやりと嗤う。どうやらまずいスイッチを入れてしまったらしい。請われるままに出すか、出さないか。迷っていると、カランコロンとドアベルが鳴った。
「いらっしゃい…ませ」
強面の二人組みに思わず声が小さくなる。よく来る二人だ。毎回難癖をつけて、結局タダ酒を煽って帰っていく。
カウンターにいる客に視線をやって、なにやら感じるものがあったらしい。いつもの何かを壊すような歩き方ではなく、普通に入ってきて、普通に座った。
「適当に出してくれ」
そう言う二人に、とりあえずウィスキーを出す。カウンターにグラスが乗った瞬間だった。
最初からいた客の右手が伸びたかと思うと、がしっと二人組みの片方の手首を掴んだ。
「こういうのは、やっちゃぁいけねぇんじゃねぇか?」
つかまれた左手にあったのは、黒い虫だ。
「酒は飲むもので、虫を飼うところじゃねぇよ」
二人組みのほうが、がたんと椅子から立ち上がろうとしたが、一人は手首を掴まれていて動けない。軽く掴んでいるように見えるが、そうではないらしい。
「てめぇ」
立ち上がったほうが口を開きかけて、カウンターの客から睨まれて、口を閉じた。同じようにして客の目を見て、身体がすくんだ。
目つきが…怖い。二人組みのほうも怖いが、この客の目つきも相当怖い。段違いの怖さで、人でも殺してそうな雰囲気だ。
手首を掴まれたほうが、手を振り払って立ち上がった。振り払ったというよりも、許してもらったという感じだろうか。わずかに指先が震えているのが見えた。
合わせてカウンターに最初からいた客もゆらりと立ち上がる。
「帰れよ」
一言だった。その瞬間に、二人組みがジリジリと後ろに下がる。
「おっと。金は払ってけよ」
慌てて一人が気おされるように、財布から金を出す。震える手で出てきたのは、一万円札が数枚。それを客が受け取った。
「迷惑料だ。釣りはいらねぇよな」
かくんかくんと壊れたように二人組みは頷くと、慌ててドアを開けて出ていった。




