第2章 驚きの基準(8)
デイヴィッドたちが帰ってきて二時間後。リビングの電話が鳴った。真夜中の電話だ。
心配していても仕方ないし、どこにいるかも分からないから、僕も自分の部屋に上がってしまっていたので、慌てて階段を下りる。
リビングは暗いし、土方さんはまだ帰ってきていなかった。
「はい。宮月…」
言いかけたところで、声が遮る。
「おう。俺だ。迎えに来い」
うわー。俺俺詐欺みたい。どんだけ俺様。聞いたことがあるっていうか、かなり知ってる声だから間違いようがないけどさ…。
僕は思わずこのまま知らないフリして切りたい衝動に駆られた。…土方さんが現代に慣れていたら、絶対に切ってたな。でもそういう訳にはいかないし…。仕方なく応答する。
「土方さん…今どこにいるの?」
「知らねぇよ」
「いや。知らないってことないでしょ。じゃあ、タクシーで帰っておいでよ。お金あるでしょ?」
「金? あるわけねぇだろうが」
ええ~っ! なんで無いわけ? ああ。もう。
本当に投げ出したいというか、そのまま電話を切りたい衝動を再び感じたけれど、仕方なく僕は言った。
「じゃあ、住所。どっかそのあたりに住所書いてない?」
向こうでなにやらごそごそかすかな声がした。どうやら土方さんの傍に誰かいるらしくて、その人に住所を聞いているようだ。どこにいるんだよ。どこに。
「もしもし?」
僕が言えば、土方さんとは違う渋い声が返ってくる。
「あ~。もしもし。こちらバー、ライト・ブルーです」
わりと真面目な声音。どこか懐かしいような声にちょっとほっとした。
「まったく」
思わず声に出してつぶやいてしまってから、僕は受話器を握りなおした。
「すみません。お手数をおかけしちゃって。今から迎えに行きますから、そこの住所を教えてもらえますか? ついでに迎えに行くまで、その人、引き止めておいてください。なんだったら、もう一杯飲ませておいてください。払いますから」
住所を聞けば、車でも一時間近くかかる距離だ。仕方なく僕は真夜中のドライブに出発する。
ライトの向こうに照らされる現代社会。真夜中とはいえ、街灯があって明るい町並みは幕末とはまったく違う。そんな中、車で土方さんを迎えに行くのは本当に不思議な感じだ。
バーは都会の裏通り。ひっそりとした場所にあった。近所に駐車場を見つけて車を入れると、「バー・ライトブルー」と書かれた浅葱色の文字の下にあるドアにたどり着く。
入り口に掲げてあるメニューは良心的な値段で安心した。カランコロンと軽やかなドアベルと共に扉をあければ、静かなジャズが耳に入ってくる。
室内の照明を落とした狭い店内は細長く、奥に向かって続くカウンターだけだ。そこに土方さんと男女の一組が座っていた。カウンターの中にはバーテンダー。
僕が入ってきたとたんに皆がこちらを見る。土方さんが僕を見てにやりと笑った。悪びれた雰囲気もない。まったく。
「ほら。帰りますよ」
そう土方さんに声をかけて、お金を払おうとバーテンダーに向き直って…僕はそのまま固まった。
目の前にいたのは近藤さん…だった。近藤勇。新撰組局長。
「え…」
思わず茫然自失する。それからぐるりと見回して、ここが現代であることをもう一回確認した。
うん。電気ある。ジャズ…少なくとも日本ではない音楽が流れている。えっと…カップルの服装も現代だ。
「お客さん…お迎えですか? あ、お会計しますね」
柔らかく言われて、僕は我に返った。
「近藤さん?」
「はい?」
僕の問いに、近藤さんが返事をする。




