第2章 驚きの基準(3)
「土方さん」
話が決まって、そそくさとソファに戻っていく土方さんに僕は声をかけた。
「ああん?」
ソファにたどり着くかどうかというところで、土方さんがめんどくさそうに振り返る。
「土方さんはどう思ってるの。この状況」
「どういう意味だよ」
僕はくぃっと肩をすくめる。
「日本に土方さんが言うところの異人があふれていたりすること」
「別に驚きゃぁしねぇ。あの時代だって、長筒だ、大砲だって言うんで、結局異人が入り込んできやがったし。俺だって西洋式の軍隊や服装は使い勝手が良かったから取り入れたりしてたんだぜ? まあ、150年も経ちゃぁ仕方ねぇだろう」
そしてまた僕の目の前まで戻ってきて、僕の顔を覗き込んだ。
「おめぇな。それよりもお前らアヤカシがこんだけいるほうが、驚きなんだよ。俺には」
「え」
「この家の中。アヤカシしかいねぇじゃねぇか」
「あ~。そりゃ、僕の家だし」
「結局、おめぇらに勝る驚きなんて、ねぇってことだよ」
ふんと鼻を鳴らして、土方さんはソファへ行って寝転んだ。またテレビをつけて、くるくると番組を変えては、どこにしようか迷っているようだった。
なんというか…妙に使い慣れていて、シュールだ。
「宮月」
「はい?」
不意に土方さんが声だけで僕に呼びかけた。
「それよりも俺には、この国の行く末の方が心配だぜ」
「どういう意味?」
「このてれびぃとか言うものを見ていても、くだらねぇことしかやっちゃぁいねぇ。まるでこの国の先のことを考えてねぇみてぇだ」
思わず僕は黙り込んだ。
「くだらねぇ芝居に、くだらねぇ歌。惚れた、はれた、好きだの嫌いだの。なんだかよくわからねぇとんち合戦みたいなやつ。一体これに何の意味があるんだ? これで、この国はよくなるのか?」
「どう…だろうね」
「この国が国として成っていて、どっかの属国にならなかったのは幸いだ。だがよ。俺は喜べねぇな。この状況が。俺たちも薩長側も命をかけて明日の国を信じて戦ったんだぜ? その結果がこの状況だとしたら…どうだ?」
土方さんの声は平坦で…何を責めるでもなく、感情を押し殺した声だった。
「俺たちがしたことは…なんだったんだろうな」
ぽつりともらされた言葉が静かになったリビングに落ちる。
「あのさ。土方さん」
思わず僕は口を開いた。何か言いたい。無駄だったと思って欲しくはない。
「好きだ嫌いだって、人々が言っていられるのも、平和だからだよ」
「ああん?」
「土方さんたちが開いた歴史があって、その後の人たちもいて、この国は平和になっているんじゃないかな」
土方さんが、ぽりぽりと頭を掻いた。
「そうかぁ?」
「平和だから、恋愛にかまけて、くだらない番組をやってられるんだよ」
「まぁな」
「戦争中の歌なんて、兵隊を鼓舞するような歌ばかりだったし。多分、日本もそうだったんじゃないかな」
土方さんがくるりと僕を振り返った。
「おめぇ、戦争って…」
僕は軽く肩をすくめた。
「第一次世界大戦も、第二次世界大戦も経験した。戦争のど真ん中で、巻き込まれまくった。人もたくさん殺したよ。生き残るためにね」
土方さんは驚いたように目を見張って、そしてくるりとまたテレビのほうへ向き直った。
「おめぇも意外に苦労してんだな」
声だけが僕の耳に届く。
意外に…っていうのは余計だけど、土方さんらしい反応に苦笑するしかない。
「おっ!」
しんみりしていると、土方さんがびくりと反応して、テレビに食いついた。
「宮月、来いっ!」




