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第1章  再会(5)

 静かだ。たまに、彩乃と総司がガタガタと教会の中で、荷物を運び出したり、扉を開けたり閉めたりする音が微かに聞こえる。そして土方さんの寝息。


 それ以外は静かで、グラスの中で氷が涼やかな音を立てて動いた。


「なんか…小鳥が巣作りしているみたいだ」


 教会のほうを見て僕が言えば、レイラがくすりと笑った。


「親鳥の気分ね?」


「うーん。そうかもしれないな」


 僕はゆっくりと溶けていく氷に視線を移す。


 父さんと母さんが亡くなって、彩乃を連れて。本当に最初の数年が大変だった。赤ん坊の世話なんてやったことがなかったからね。


「彩乃を…自分のものにしたかった?」


 思わず僕は驚いてレイラを見てしまった。そんなことをレイラが訊いてくるなんて思わなかったよ。


「彩乃は…僕にとって、妹で…娘で…。でも恋人にしようと思ったことは無いよ」


 レイラが息を吐いた。


「そう」


 安心したような表情を見て見ぬふりをする。そして僕は自分の胸のうちを思い返した。うん。彩乃が大事で、愛おしいとは思うけれど、それは男女の愛情とは違う…。


 思いにふける僕の目の前で、レイラがぱっと顔をあげた。


「そうそう。キーファーから連絡があったわ」


 キーファー。僕のもう一人のいとこだ。レイラにとってもいとこにあたる。総司の事件のときにアメリカから来るところを止めたからね。文句の一つでも言ってきたんだろうか。


「なんだって?」


「あなたが切れたことを察知したらしくて、『クールだ』ってメールを送ってきたわ。今からでも日本に来ていいかって言うから、ダメって答えておいたわ」


 僕は頭を抱えた。キーファーの傍には僕の眷属がいるから、そこから伝わったんだろう。


「相変わらず、どっかヘンよ。彼。あなたが怒り狂ったことを喜んでたわ」


「まともな奴なんて、この世界にいないよ」


 僕はちょっとばかり哲学的なことを言えば、レイラは微笑んだ。


「そうね。あなたも含めてね」


 うっ。


「君も含めてね」


 そう言い返せば、彼女はムッとしたように口を結んでそっぽを向いた。


 そのまま部屋で寝る気がしなくて、だらだらと本を読みながらすごしていたら、レイラも同じような気分だったらしく、パチパチとパソコンに向かってなにやらやっていた。


 教会堂のほうの音は静かになっている。


 そして明け方。ちょっとばかり早いけれど、習慣になっている朝ごはんを作ろうと立ち上がった。一応、朝と夜は食べる。簡単にだけれどね。人間の食事は僕ら一族にとっておやつみたいなもんだけれど、習慣にしておかないと怪しまれるしね。


 昼は人間と一緒なら食べるが、食べないことのほうが多い。 


 人数が増えたしなぁ~と思いつつ、フレンチトーストでも作ろうかと思っていたら、上からドスンドスンという足音が響いて、土方さんが降りてきた。


「おうっ。寝なかったのか」


 僕は冷蔵庫をのぞきながら答えた。


「ま、寝なくてもいいしね」


 そうして卵と牛乳を出し、キッチンにおいてあったフランスパンを包丁でスライスしていく。


 レイラが僕の隣に立った。


「何か手伝いましょうか?」


 僕が一瞬考え込んでいると、土方さんもレイラの隣に来る。手伝ってくれる気か? 土方さんにしては珍しい。


「じゃあ、卵を」


 割って…と言おうとした言葉は、ドゴンという音で消えた。思わず音のほうを見れば、吹っ飛ばされた土方さんがソファの向こうのほうへ転がっている。


「な、何?」


 何が起こったか分からずに瞬くと、レイラが叫んだ。


「Drop dead! You jerk!」


 あ~。ご立腹だよ。言葉汚く人をののしる言葉だ。訳すのはやめておくけどね。彼女の口からそんな言葉出るのは珍しい。


 僕は包丁を置いて、土方さんの方へ向かった。


「あ~。土方さん、何したの?」


 土方さんから、ごぼっという音がする。見ると見事に胸部が陥没していた。レイラ…手加減なしにやったな。こりゃ。


 凄い勢いで元に戻っていく胸部を冷ややかに眺めながら、土方さんの傍にしゃがみこめば、土方さんがレイラのほうを見て呟いた。


「ちっとばかりケツを触っただけじゃねぇかよ」


 おいおい。


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