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間章  開業

「現代編II」に登場する人物の視点です。

-------- ユウ視点 ------


「ユウには、おめでとう…っていうべきかな。やっぱり」


 古くからの友人…というか、悪友である隼人がカウンターに肘をついて投げやりに言った。


 繁華街の片隅にある寂れたバー。自分の手に入ったものの、気持ちは少しばかり…いや、かなり複雑だ。


 上司と大喧嘩して「鶏頭となるも牛後となるなかれ」と自分に言い聞かせて、辞表を出したのが一ヶ月前。夢だったバーを開こうと、退職金は全部つぎ込んで手に入れた物件は安い分だけあり中古のオンボロだった。まあ、掃除してだいぶマシになったが。


 前の持ち主は、なんでも急な事情で田舎に引っ越すことになったそうで、この場所はいくらでもいいからということで売りに出していた。汚いがラッキーだと言えるかもしれない。


「店を手に入れたのはいいが…カミさん…出ていったんだろ?」


 気持ちが複雑な原因はここだ。会社を辞めた直後に妻と上手く行かず、妻は娘を連れて出ていった。まだ離婚はしていないが時間の問題だろう。


 ガランとした店内。これから手を入れるべきところは山のようにある。


「酒を飲ましてやりたいけれど…まだ仕入れてなくてね」


 カウンターの中からいたずらっぽく笑いかければ、隼人がにっと笑ってから口を開く。


「開店した暁には、浴びるように飲ませてもらうよ」


「ありがたいな。最初の客だな」


「ユウ、おまえな。俺から金を取るのかよ」


「当たり前だろう。タダ酒を出す余裕はうちにないよ」


 掃除を手伝ってくれた隼人相手に冗談を言い、そんな風に笑った。


「かっちゃんは昔からちゃっかりしてるよな」


 古いあだ名に思わず片方の眉を持ち上げる。


「やめてくれよ。そんな小学校のあだ名。そんな風に呼ぶなら、君のことだってハナちゃんって呼ぼうか」


「うわ。勘弁してくれ」


 小学生時代、国民的マンガに出てくる男の子に、やることなすこと似ているという理由でついたあだ名が「カツオ」。それで短くして「かっちゃん」。自分の名前に「か」の字なんてついてない。


 隼人はやっぱりよく知られているマンガのちょっとキザな登場人物に似ているっていうんで、その名前からもじって「ハナちゃん」。本人が嫌がるから、ますますあだ名として通る。


「懐かしいな」


 隼人を見て言えば、隼人もうなずいた。


「ああ。そう言えば、山本先生にお前の話をしたら、ユウによろしく言っといてくれっていわれてた」


「そうか」


 それからしばらく小学校時代から中学、高校と懐かしい話題に花が咲いた。隼人とは小学校から高校まで一緒の中だ。大学だけはそれぞれが学びたいものが違っていたから分かれてしまったが、社会人になっても数ヶ月に一回は会っていた。


 この後も開店準備のために、備品を仕入れたり、酒を仕入れたりする必要があるが、それは明日以降でもいいだろう。



 それから店の準備が始まった。仕入れ先も何もかも知らない中で、すべてを開拓していかないといけない。それでも一国一城の主として立つのだと思うと楽しかった。


 寝る間も惜しんで仕入れ値を睨みながら、料金設定を考える。一番楽しく、しかし難しかったのは店の名前だ。


 悩みに悩んで、最後に決めたのは「ライト・ブルー」だった。Light は明るいという意味もあるが、光という意味もある。blueは青。自分の好きな色で、地球の色や宇宙の色という感じがする。


 ちょっとナツメロがかかりそうな気もしたが、このままいくことにした。看板は黒に浮かぶライト・ブルー。浅葱色の文字。我ながらおしゃれにできたと思う。


 そして開店の前日。酒もそろって、グラスや皿などの備品もそろって、綺麗になった店内を見回していた。


 おしぼりはリース。あまり良い取引先とは言えないが、周りのお店に聞いたら、そこから取ったほうがいいとのお勧めだった。はっきりとは口にしなかったが暴力団関係の会社なんだろう。まあ、直接みかじめ料を払うよりはマシか。


 おしぼりリースの会社は、一緒に観葉植物も取るように言われたが、狭い店内、置く場所がなくて断った。



 カランコロンとドアにつけたベルがなって、人が入ってくる。


「すみません。開店は明日で…」


 と言い掛けた言葉が止まった。明らかに一般人ではない雰囲気の男が入ってきたからだ。


「こちら、おしぼりのリースは?」


 丁寧だがドスの聞いた声で尋ねられて、契約をした会社の名前を答えた。とたんに相手が顔をしかめる。


「このあたりの店は、うちと契約することになってるんですがね」


「そうは言われても…あちらの会社では、このあたりはその会社と契約することになっていると…」


 そう言うと、ずいっと男が身体を寄せてきた。


「それはおかしいでしょう。ここはうち。あっちを解約して、うちと契約してくださいよ」


 言葉遣いは丁寧さを装っているが、目つきが段々ときつくなる。


 もしかしたら…という思いが頭を掠めた。この場所が安かった理由。前の持ち主が逃げるように手放した裏事情。もう一方に事情を確認してから連絡すると言って、男には帰ってもらったが、嫌な予感はぬぐいされない。


 その予感は的中した。


 店を開けてしばらくして、お客さんが来るようになったと思ったら、明らかに一般人ではない男たちが入り浸る。両方が一緒になって一触即発になったこともあった。段々と普通のお客さんの足は遠のいていく。


 そう…。ここは抗争のど真ん中。二つの勢力における境目の物件だった。



 開店前の時間、深いため息をついた。


 この店を持つために講習を受けて取った「食品衛生責任者」の張り紙が目に入る。『近藤 勇』と自分の名前が入った文字を見て、再びため息をつく。


 店を始めるに当たって、保健所に飲食店のための食品営業許可を取り、深夜も営業できるように届出を出した。これから頑張ろうと思っていた矢先にこれだ。


 運が悪いで済ませたくなかった。諦めたくはない。これからだ。何か方法があるはずだ。


 沈んだ気持ちを振るい立たせるようにして、店の看板に明かりを灯した。


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