間章 デート(1)
------------ 彩乃視点 -------------
「うわぁ」
総司さんが水槽を見つめたまま絶句する。
都会のビルの上にある水族館。ちょっと入場料が高いけれど、大きな水族館としては近いから、総司さんと来てみたの。
「水面下が見られるとは思わなかった…」
話はしていたけれど、実際に透き通った壁の向こうが水中の世界で、悠々と泳ぐ魚たちに、総司さんは釘付け。
「えっと…。いくつかに分かれていて、ペンギンやアシカもいるみたい」
わたしがパンフレットを見ながらそう言うと、総司さんがくるりと振り返った。
「ぺん…?」
「ペンギン。こんな感じの…動物? あれ? 鳥だっけ」
ペンギンの形を両手で示しながら、わたしは首をかしげた。鳥…なのかな? でも動物っぽいよね?
「とってもカワイイの」
わたしの言葉に総司さんが吹き出す。
「それじゃあ、全然わからない」
「え~。あのね。こんな。こんな。感じだよ?」
一生懸命に両手で形を描いてみせるんだけど、ますます総司さんは笑って、わたしの頭に手を伸ばした。
「うん。じゃあ、後で見に行こう」
ぽんぽんと頭をなでられる。
むっ。お兄ちゃんみたいなことを総司さんがする。最近、お兄ちゃんがやらなくなったと思ったら、総司さんがするの。
「総司さん。笑わないで」
「だって、両手で一生懸命説明する彩乃が可愛くて」
まだ笑ってる。
「もう」
すねたふりをすれば、総司さんが笑いながら謝った。そして片手を伸ばして、そっとわたしの手を掴む。
京都への旅行の後から、わたしの右手は総司さんの左手の中にあることが多いの。ちょっと嬉しい。
そして総司さんは、視線をわたしから水槽についているプレートに移した。
そこには魚の名前がついている。二人でプレートを見ながら、どこにその魚がいるか探しながら歩いていく。
一つ一つの水槽の前で総司さんは止まって、ゆっくりとその魚の動きを眺める。
「この魚…首しかない…」
あ、マンボウだ。
「ちょっと気持ち悪いよね」
そう言えば、総司さんはじっと見たままポツリと呟いた。
「これ…身体の中はどうなっているんだろう」
最近、総司さんは図鑑にはまっているらしくて、人間や動物や昆虫の身体の仕組みや、車などの仕組みに興味を持って読んでるんだって。
「総司さん?」
声をかけたとたんに、はっとしたように総司さんがわたしを見て笑った。
「あ、次、行こうか」
「うん」
次のところへ向かって歩きながら、総司さんの手をぎゅっと握る。
「何を考えていたの?」
「ああ…。いえ。あの魚を見ながら、俊のことを」
「お兄ちゃん?」
「というか、自分のこと…かな」
「総司さんのこと?」
「ええ」
総司さんの視線は、前を向いているけれど、どこかここではない場所を見ている。
「一体、この身体はどうなっているのかと思っていた」
「どういうこと?」
「俊の…つば…背中のこととか」
周りの人を気にするように、言い換えた総司さん。お兄ちゃんの翼のことだって、わたしにもわかった。
「ん。よくわからないの」
「どういうこと?」
わたしは首をかしげながら、昔のことを思い出す。
「わたしも子供のときから、身体検査とか、健康診断とか、全部休んでたから」
「そうなの?」
「うん。身体を調べられて、何か違うものが出たら困るから…って」
だから自分の身体がどうなっているのか。どこがどのように人間と違うのか、実はよくわからない。
「ああ。なるほど」
総司さんが納得したように、応えて頷いた。
目の前で泳ぐ色とりどりの魚たちを見ながら、ぽつりぽつりと話す。
「お兄ちゃんは、一族にお医者さんはいないって言ってた」
「どういう意味?」
「言葉のまま。お兄ちゃんの眷属は、いろんな人がいるんだけど、でもお医者さんがいないんだって。だから、お医者さんで一族になりたい人がいないかなって前に言ってた」
「しかし、病気にならないのに、医者?」
「うん。お医者さんがいたら、自分たちの身体のことを内緒で調べられるからって」
「ああ。そういうことか」




