間章 綺麗の理由
「最近、彩乃ちゃん、綺麗になったよね」
「そ、そうかな」
剣道の稽古の後、さっさと着替えた俺は、廊下に出たとたんに女子更衣室から聞こえた声に足を止めた。彩乃ちゃんは小学校のときからの剣道仲間。そして俺の初恋の人。っていうか、今も好きなんだけどさ。
「もともと彩乃って綺麗じゃん」
「そうそう。でも最近、あたしでも気になるっていうか」
「きゃ~。危ない」
きゃははと声がして、甲高い笑い声が響き渡る。
「前に来てたの、カレシ?」
「えっ? う、うん」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「カレシ、カッコいいよね」
「いいな~。彩乃、お兄さんもカッコイイし、カレシもカッコイイし」
「一人分けてほしい」
また笑い声が起こる。
「カレシできると、やっぱり変わるよね」
「あ、そう思う。彩乃ちゃん、凄い変わった」
「え? そ、そう? 自分じゃわかんないけど…」
「変わったよね~。大人っぽくなった」
「うん! それに色っぽくなった」
きゃ~とまた甲高い笑い声が起こる。
あ、やばい。あんまり聞きたくないかも。この話題。
「カレシ、優しい?」
「えっと…総司さんは、とっても優しいよ?」
「いいな~」
「いや、あたしがカレシだったら、彩乃のこと離さないし」
「あ、わかる。昼も夜も、絶対閉じ込める」
「どこに?」
「彩乃、天然」
「マジうける」
「そういうところ、彩乃ちゃんのいいところだよね」
うん。うん。と数人が同意する声が聞こえた。
「カレシ、剣道の先生だっけ?」
「えっと…剣術? の先生なの」
「違うの?」
「うん。ちょっと違う。木刀とか真剣を使うの」
「きゃ~。凄いね」
「居合みたいな感じ?」
「うん…。たぶん?」
「ケンカが怖いかも。お互いに竹刀と木刀で打ち合いとか」
「え? ケンカなんかしないよ?」
「はい。はい。ご馳走様」
人が出てくる気配がしたので、俺はその場から離れた。
彩乃ちゃん。俺のほうが先に出会ってたのに…。
以前来ていた彼氏を思い出す。なんか妙に迫力がある奴で…。
でも俺も負けないし。彩乃ちゃんを取り返すとか…ありかな。
うん。剣術を習いたいって言って、会いに行ってみようか。まあ、剣術にも興味はあるけど…。
彩乃ちゃんに話しかけるネタができたことを喜びつつ、俺は彼女が出てくるのを待った。




