第8章 拘束(13)
あまりの騒ぎに、総司と彩乃も降りてきた。
「俊、一体…」
二人の姿を見たとたんにデイヴィッドの声が裏返る。
「彩乃ねっ! 彩乃っ。あたし、デイヴィッドよ~。覚えてる? あんなに小さかったのに、こんなに立派になって」
デイヴィッドが彩乃に駆け寄った。思わず総司が背に彩乃をかばう。筋肉が盛り上がった白人のごつい男が寄ってくるのを見て、総司の顔は引きつっていた。
そりゃそうだろう。総司の目がデイヴィッドを通り越して僕を見る。
「誰ですか」
僕はため息をついた。
「イギリスの屋敷を守っている僕の眷属たち。デイヴィッドにジャックにメアリ」
そう答えれば、デイヴィッドとジャックとメアリが総司を見る。
「ねぇ? この人、誰よ?」
デイヴィッドが三人の代表で口を開いた。
「彼は僕の友人で、眷属で、彩乃の恋人。総司」
デイヴィッドがマジマジと総司を見て、そして彩乃を見た。
「うそ~っ! あの彩乃に恋人ができちゃったのっ! この前、生まれたばかりだったのに」
デイヴィッドの視線から隠れるように、彩乃は総司の背に隠れた。メアリが彩乃を見て、僕を見て、総司を見て、そして口を開く。
「Master.」
綺麗なイギリス英語の発音。
「あ、メアリ。ここに居る間は、日本語にして」
嫌そうな顔をした後で、彼女が咳払いをし、もう一回口を開いた。日本語だ。
「こほん。マスター。一体何が起こっているのですか?」
「レイラから連絡が行ったと思うけど、とりあえず全ては終わった。今は何も起きていない」
そう言ったとたんに、デイヴィッドが詰め寄ってくる。
「マスター。ちゃんと説明してちょうだいっ。レイラが連絡をくれた後、凄いマスターが怒ってるのが伝わってきて、もうみんなで震え上がったんだからっ!」
「え?」
「世界中から連絡がきちゃったわよっ! マスターはどうしたんだって。みんな直接訊けないもんだから、こっちに尋ねてきたのよっ!」
デイヴィッドが声高に話す横で、ジャックも頷いている。
「マスターの身になんかあったらまずい。だから、あたしたちが駆けつけた」
ジャックが低い声で言った。僕はジャックを安心させるように、ポンポンと肩を叩いた。
「ありがとう。だけど、もう終わったから。大丈夫。たいしたことは無かったんだ。呼び出したりして悪かったよ」
それでもデイヴィッドとジャックは不満そうな目で僕を見ている。
デイヴィッドとジャックは元々死にそうだったところを、どっかの戦場から父さんが拾ってきた。兵士だったから、腕は確かだ。
今も、傭兵として十数年働いては、十数年はイギリスの屋敷の警護などをして、知り合いが居なくなるのを待って、また戦場に出る。つまり戦場を活動拠点としながら、人間との間の年齢を調整するということを繰り返していた。
父さんが亡くなった後で、僕の眷属になったときには、僕を警護しようとして、そりゃ大変だった。警護なんていらないって言ってるのに、日本についてくるっていうんだよ。
警護がいらない理由をいくつも挙げて、なんとか煙に巻いて、彼らをイギリスに残してきたわけだ。
それはともかく、デイヴィッドの言葉に心当たりがありすぎる僕は、ひょいと肩をすくめた。できるだけ軽く聞こえるように話しておきたいよね。これで警護するなんて話になったら面倒なことこの上ない。
「ちょっとね。総司と彩乃が攫われて、色々あって、取り返しに行ったときに僕が切れた」
「うわ~。マスターが切れるなんて、相当よっ!」
デイヴィッドが両手を頬にやる。いや、その言葉遣いで、そういう仕草をすると、ますます妙な方向にフィットするんだけどな。
「デイヴィッド。その仕草も習ったの?」
そう問えば、デイヴィッドはこくんと頷いた。
「日本では男らしい仕草ですって」
思わずため息をつく。言うべきか。言わないべきか。ま、いっか。面白いから黙っておこう。
「基本、全て終わったよ。相手は無力化した」
ジャックがほぉっと安堵したように息を吐き出す。
「マスターが無事ならよかった」




