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第8章  拘束(11)

「さてと…」


 レイラが伸びをする。


「もう行くの?」


 僕が言うと、レイラが僕のわき腹を肘で小突いた。痛い。


「そんなわけないでしょ。日本に来て、見たところはこの家の中だけ! 折角なんだから、どっかに連れて行きなさい。バカンスよ」


 そういうと、レイラはにっこりと僕に笑いかけた。彩乃もおずおずと言う。


「あ、どこか行くなら、わたしと総司さんも…行きたいよ?」


 それは一生懸命、日常に戻そうとする彩乃なりの努力。僕はみんなに微笑んだ。


「そうだね。どこか遊びに行こうか。総司が行ったことがないところがいいかもね」


 そしてちらりと李亮を見て…思い出した。そういえば眷属が増えたんだ…。


「あ~。そうだ。彼が増えたんだった…。李亮。僕の新しい眷属」


 そう言ってから、僕は彼の扱いをどうするか決めてないことに気付いた。


「レイラ…教会堂の盗聴器は?」


「全部回収して壊したわ。ついでに周りのカメラも」


「Thank you.(ありがとう)」


「Not at all.(どういたしまして)」


 そして僕は李亮に言った。


「跟我来吧。(一緒に来て)」


「是。(はい)」


 彩乃が不安そうに僕を見る。僕は微笑んだ。


「大丈夫だよ。彼を殺したりしない。これからのことを相談するだけだ」


 そう言うと、ようやく彩乃は安心したような表情を見せた。まあ、状況次第だけど、それを彩乃に言う必要はない。総司とレイラが僕を探るような目で見ていたけれど、気づかない振りをして李亮と共に移動した。


 教会堂まで来て、李亮を座らせる。僕も通路を挟んだ反対側の椅子に腰掛けた。


「それで、どうする?」


「あの…殺さないで」


 僕はため息をついた。


「とりあえず今、殺す気はない。約束する。だから怯えなくていい」


 そう言っても彼の眼はふらふらと不安げにさ迷う。まあ仕方ないか。


「何故あの組織にいた?」


「兄貴分が…入って。それで一緒に。お金をもらえる。どこでも良かった」


「それで? 君のお母さんっていうのはどこにいるの?」


「南千住の俺のアパートに…」


「じゃあ、この辺りに安いアパートを見つけるから、そこに引っ越して」


 彼の表情がさらに不安気なものになる。


「別に君のお母さんを人質にしようなんて思ってない。分かっているように君はもう人間じゃない。そしてあの組織は壊滅した。君はまず、自分の力のコントロールを学ぶ必要があるし…どこかで収入を得ないといけない」


 おどおどとしながらも、僕の言葉に耳を傾けているのは分かった。


「だから、とりあえず僕が面倒を見るよ。しばらくここで暮らして、力のコントロールを身につけて…そしてきちんと暮らせるようになったら、好きなところへ行けばいい」


 彼はじっと僕を見た。


「僕からの提案。この家のことを…家の周りを掃除したり、教会の修繕をしてくれたりしてくれるなら、一応、君のお母さんを養えるぎりぎりぐらいの給与は出す。それから君に日本語も教える。それでどう?」


 彼の目が見開かれる。


「本当に?」


「本当に。僕は彩乃と総司を取り返すために、あの組織に乗り込んだし、彼らのやり方が酷かったから壊滅させた。君個人に対しての恨みはない。君が彩乃や総司に手を出したっていうんなら、話は別だけど?」


 僕が横目で見ると、李亮は震え上がった。


「いや。何もしてない。ただ…縛った。それだけ。あと見張りをしていた」


 嘘をついている雰囲気はない。ま、そのぐらいなら、許すか。


 そう…。もしも…この男が彩乃や総司に何かしていたら…それなりに何か措置をする予定だった。時限式のね。だから引き離して教会堂に連れてきたわけで…。でも許容範囲だ。何もしないことにする。


 僕は手を差し出した。李亮がその手を見る。


「何?」


「よろしくっていう握手」


 李亮はおずおずと手を出して、僕の手を握った。


「じゃ、戻ろうか」


 居住区のほうへ戻ろうとすれば、李亮が声をかけてきた。


「あの…なんと呼べばいい」


 僕はひょいっと肩をすくめる。


「僕の名前は宮月俊哉。名前で呼ぶのもいるけど…多くの眷属は僕を『マスター』って呼ぶね」


「マスター」


「そ。主人って言う意味。別に呼び名は任せるよ」


 君は君本来の意思で僕の眷属になったわけじゃないし…。


 翌日、僕は近所の不動産屋に電話した。そして安いアパートを借りた上で、李亮に母親を移すように伝えた。


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