第8章 拘束(10)
総司と彩乃はお互いを支えあうようにして、桟橋のところで待っていた。李亮を連れて、僕は車のところまで皆をリードして歩く。
「あ、あの男は…」
総司が後ろを振り返りながら言う。
「あれは、僕の眷属になってなかった」
「わ、わかるんですか?」
「わかる」
彩乃と総司が僕を怯えたような眼で見る。
「僕が…怖い?」
彩乃がこくんと頷き、慌てて打ち消すように首を横に振った。僕と目が合いそうになると、すっと逸れていく。総司に支えられたままの彩乃の身体は、小刻みに震えていた。
誘拐されたのも怖かったかもしれないけど、ほとんどの理由は僕なんだろうな。まいったなぁ。
総司に視線をやれば、引きつった顔をしていたけれど彩乃よりは落ち着いて見えた。何をどう取り繕っていいのかわからないし、取り繕う気もない。仕方ない。落ち着かないだろう二人と李亮を伴って、無事に見つかった車へと乗り込む。
後ろの座席にいる彩乃は俯いたまま。肩を抱くように総司が彩乃の隣にいる。李亮は助手席で凍ったように僕の顔色を伺っていた。この雰囲気の中で話す言葉もなく、教会へと戻った。
車を停めて…そして壊れたドアをなんとか開けて家に入れば、レイラがびっくりしたような顔をした後で、泣きそうな顔になり、最後は僕に抱きついてきた。
「You, fool! You said you would call me! (バカ! 電話するって言ったのに)」
「ごめん。レイラ」
僕は日本語で答えてレイラを抱きしめた。
「お茶の用意だってしてない!」
レイラはそういうと、泣き顔を見せないようにしながら離れて、そしてパタパタと流しでヤカンに水を入れ始める。
「クッキーだって焼いていたんだから」
そういえば家の中には甘い匂いが漂っていた。
「甘いもの…いいね。とりあえず、お茶にする?」
彩乃と総司を見れば、緊張が少し解けていて…レイラのおかげだ。なんだかいつもの日常のような雰囲気に近くなってきた。
「とりあえずソファに座ろうか」
そういって僕は椅子を一つ李亮のためにダイニングから持ってきて、そして彼をそれに座らせた。
レイラが紅茶をポットで入れて…これは僕のとっておきだな。そしてクッキーを山盛りにして持ってきた。
「どれだけ焼いたの?」
「暇だったから…」
それからレイラに総司たちを助けたことと、その過程で李亮を眷属にしたことだけ話した。さすがの僕も細かい話をレイラにはしなかったけれど、それでも察したらしい。
「彼…怖かったでしょ」
彩乃と総司にそう言って、李亮にも視線をやり、それから僕を見る。彩乃と総司がおずおずと頷いて、李亮は何を言われたか分からず、僕は大きくため息を吐き、レイラは苦笑した。
「本気になったときに怖いのは昔からよね。電話で呼び出されたときには、もう眼の色が変わっていたもの。それだけ二人が大切ってことだから、許してあげて」
そう言って彼女は微笑んだ。
それからレイラは僕らの居場所を突き止めた後で、相手の本拠地も突き止めて、あちら側のネットワークをずたずたにしたことを明かした。
「ついでにいろんな隠し口座も見つけたから、全部一族の口座に移したわ」
うわっ。それって。
「仕事料よ。あ、私個人への仕事料と、それからあなたへの迷惑料として、それぞれの口座にもそれなりの金額を振り込んでおいたから」
えっ。
「本当は彩乃たちの分もやりたかったけど、口座がわからなかったから、まとめて彼の口座に入れておいたわ。後でもらってね」
レイラは彩乃を見てから僕を肩で示した。彩乃と総司がレイラをまじまじと見る。僕の一族はいろんな意味で容赦がない。いや。本当に。
紅茶の良い香りを楽しみながら、カップに口をつけて、そして思い出した。
「あ~、急いで一族に連絡しないと。終わったから皆が来たら大混乱になる」
レイラはゆるゆると首を振った。
「さっきお湯を沸かしている間に連絡したわ。アメリカのほうは出発前だから止められたけど、イギリスは出発後。半日ぐらいしたら着くわね」
思わず僕は頭を抱えたくなった。まあ、アメリカから来るほうが過激だから、そっちが止められただけで良しとするか。仕方ない。ぎりぎりセーフだ。うん。そう思おう。僕は安堵と諦めを込めて、息を吐き出した。




