第8章 拘束(5)
本人は分かってないけど、彩乃が泣き叫ぶことで、いい感じに場が盛り上がる。僕の悲壮感が増して、嫌々やっている雰囲気になってくる。
本当にごめん。彩乃。彩乃には悪いけど、僕は内心で舌なめずりをしていた。こいつらを許すものか。
「そのパワーを使って、君たちは何をする?」
「教主様による世界平和を」
なんだ、そりゃ?
「混沌時代に、新たな光を」
あ~。新興宗教系か。思わず脱力しそうになる。
「不老不死にするには儀式がいる。そして…儀式を受けるには本人がこの場にいないとダメだ…。その教主様も…」
僕は嫌々を装って、重い口調で条件を述べた。男が不審な顔をして僕を見る。
「試しに君たちのうちの誰か一人を、まずは不老不死にしてみればいい。…それで僕の言葉が…本当だって信じられるはずだ」
そういうと、正面の男は少し思案した後で、僕の後ろにいた一番若く見える男を指差した。
「おまえ」
「えっ」
指差された男は、一瞬怯えた表情をした。
「お前が実験台になれ」
逃げようとしたところを、周りの男に掴まれて、僕の前に引き出される。仕方ない。やるか。
「名前は? 本名を正確に教えて」
男は首を振ったが、周りの男が代わりに答えた。
「李亮」
「李亮ね」
僕は繰り返した。はぁ。欧米人もいるから、どこの国っていうよりも混成チームだね。こりゃ。
「ナイフは…ある?」
一人がナイフを出した。
「僕の腿のところをちょっと切って」
本当は自分でやりたいけれど仕方ない。男は遠慮なく僕の腿を切った。思わず顔をしかめる。
「その血を…その男の口に入れて飲み込ませて」
李は嫌がって首を振ったが、それを押さえつけて周りの人間が口に入れる。飲み込んだのを確認して僕は言った。
「これから言うことを繰り返して」
長い僕の名前を、儀式に使う正式な真名を繰り返させる。
「その男の腕に軽く傷をつけてから僕の口の前に持ってきて」
いぶかしげに思いながらも、李亮の腕にナイフを立て、そして傷をつけた。血が滴っていく。そして周りの男たちが、彼の腕を僕の前に持ってきたとたんに、僕はその血を舐め取った。
「---Qui petit a te, da ei; et volenti mutuari a te, ne avertaris.(求めるものには与え、借りようとするものを断ってはならない)」
僕はラテン語で聖句を唱えた。別になんでもいいんだ。それっぽく、儀式っぽく見えれば。何がキーかということを、できるだけ明かさないために。
しばらくしたけれど…何も起こらない。




