第8章 拘束(3)
晴海ふ頭。真っ暗なその場所で…どこへ行けばいいんだ? と思ったら、後ろから車がついてきた。どうやら尾行していたらしい。まあ、いいけどね。
車を停めれば、銃を持った男たちが二人降りてきて、僕に車を降りるようにジェスチャーする。日本人かどうかは分からない。アジア圏の人間っぽい外見ではある。僕は素直に降りた。
「総司と彩乃は?」
「二人を殺されなくなかったら言うことを聞け」
「無事なの?」
「殺してはいない」
殺してないってことは…無事じゃないってことか? 相手の車のドアを開けられて、乗るように身振りされたんで、素直に乗った。
隣に銃を僕に向けたまま乗り込んでくる。そして何かが首筋に立てられて、僕の意識が無くなった。
あ~。しまったかなぁ。ミイラ取りがミイラだ。
なんかそんなことを考えて…意識は遠のいた。
そして再び意識がぼんやりと浮上してくる。
目を覚ますと、僕は椅子に座らせられていて、ガチガチにチェーンで縛られていた。そして目の前に総司が縛られて、血まみれになって倒れている。
「総司…」
そう僕が呟いたとたんに悲痛な声が聞こえた。
「お兄ちゃん!」
視線を移せば、彩乃が檻に入れられていて、そして僕に向かって泣き叫んでいた。
「お兄ちゃん! ごめんなさい! わたしが…喋っちゃったの。お兄ちゃんのこと…だって、だって総司さんが…」
そう言って彩乃は泣き崩れた。
ああ。そうか…。総司は多分、僕らのことは話せない。何故ならあの幕末で、僕は総司に暗示をかけた。絶対に喋らないようにと。だから言えなかったんだろう。
「いいんだよ。彩乃。それより彩乃は大丈夫? 何かされてない?」
「わたしは大丈夫。何も…。総司さんが庇ってくれて…」
「そう。よかった。もう大丈夫だから」
僕が静かにそう言っても彩乃は泣き止まず、そのまま膝をついて僕を泣き腫らした目で見ている。
総司はかすかな呼吸音がするけれど、意識が無いみたいで身じろぎ一つしない。洋服のあちこちが引き裂いたような状態で血が付いている。ナイフか何かを突き立てたようだ。そして背中や腹も血だらけ。唇にも血がついているところを見ると、殴られたのだろう。すでに傷は治っているようだけれど。総司の周りには血と共に、剥がされた生爪がいくつも落ちていた。
一体こいつらはどれだけのことを総司にしたんだろうか。
ぐるりと見回せば、どこかの倉庫のような殺風景な部屋だった。柔らかな揺れから、どうやら船の中らしいということがわかる。
ドアが開いて男たちが入ってきた。僕を運び込んだ二人と、そしてもう一人。
「それで僕をどうするつもり?」
僕はガチガチにチェーンで縛られながらも、平静を装って訊いた。内心は穏やかじゃない。
「ご協力いただきたい」
日本語にどことなく訛りがある。どこの国の人か知らないけれど、僕にこんなことをしたことを後悔させてあげるよ。絶対にね。
僕は妹や友人にされたことを、そのままにしておけるような穏やかな性格じゃないんだ。自分だけなら出来るだけ穏便に終わらせるけど、周りを巻き込んで売られたケンカは十倍にして買うタイプだ。
「う…」
総司が身じろいだ。多分、傷が再生して意識が戻ったんだろう。
「協力する。だからこれ以上、総司にも、彩乃にも手を出さないで」
「お兄ちゃん!」
檻の中から彩乃が悲痛な声を上げた。僕はそれを目で制してから、相手に対して視線を戻す。
「総司を彩乃の檻に入れて。彩乃には大人しくするように言うから。総司をそのままにしておけない。協力する代わりに、それぐらいはやってくれてもいいよね」
怪訝な顔をしながらも、相手は檻に入れるなら…と思ったらしい。
「彩乃、大人しくしてて」
そういうと、彩乃が檻の端に寄った。そこへ総司が投げ込まれる。
「総司に…君の血を飲ませてあげて。血を失い過ぎてる」
僕は小さな…多分人間には聞こえないであろうぐらいの声で呟いた。彩乃なら聞き取れるはず。
果たして…彩乃は黙って頷くと、総司を抱きしめて自分の首筋に彼の唇を当てた。総司は朦朧とした意識の中で、それでも首筋を認識したらしい。彩乃に食いついたようだ。視界の隅でそれを確認する。こちらから見れば総司の頭が邪魔して見えないから、推測でしかないけれど。
「…っ」
彩乃が息を飲む。ちょっと痛いんだよね。総司から喉を鳴らす音がする。人間なら聞き取れないくらいの音だ。それでも総司が彩乃の血を飲んだことは確かだった。




