第8章 拘束(2)
受話器の向こうから声が流れてくる。
「あ、先生。あの山田ですけれど。次の礼拝のことで」
思わず脱力した。教会の役員だ。レイラに片手を振って逆探知は不要だと告げると、僕は次回の礼拝の用意について簡単に打ち合わせた。こんな緊急時に、なんでこんな日常的なことをやってるんだ?
「じゃあ、そういうことで」
「はい。ありがとうございました」
電話を終えて、ため息をつく。もうダメだ。我慢できない。応援が必要なのもわかる。今、一族を支えているのは僕だという認識もある。次期当主がいない以上、僕に何かがあったら困るのも分かる。
それでも、僕は待っていることに耐えられなくなりつつあった。
「レイラ、やっぱり」
行ってくるよ…と言おうとして、言葉はまたしても鳴った電話の音にかき消された。やれやれ。非日常と日常の間を行ったり来たりだ。
「はい」
何も考えずに受話器を取れば、訛りの強い男の声が耳に響いた。
「二人を返して欲しければ、晴海ふ頭に来い」
ガチャン。みじかっ! 思わず受話器を持ったまま呆然とする。
「逆探知…するどころじゃないな」
レイラも肩をすくめて、僕の顔を見る。何だろう。どこか諦めたような表情をしていた。
「それで? どうするの? って聞く間でもないわね」
「行くよ。それしかないでしょ。どうやら標的は僕に移ったみたいだし」
僕は舌なめずりをする。そして嗤った。
「ある意味…好都合だよ」
レイラが眉を顰めた。
「止めても無駄みたいね? それに…なんか、怖いんだけど。本気で怒ってない?」
「怒ってる。かなり怒ってるよ」
「相手にご愁傷様って言いたい気分になるのは…なぜかしら」
僕は車のキーを取った。彩乃を思わせる白いウサギが揺れる。そしてレイラを振り返った。
「君は…どうする?」
「一緒に…」
「それはダメ。僕らに何かあったときのことを考えたら、君は保険だ。ここにいるか、それとも避難するか」
レイラががっかりした表情をして視線を落とした。
「じゃあ…ここに居て場所を割り出すわ。発信機を持って行って。それにあなたが先に行くなら、応援部隊が日本に着いたら場所を教えなきゃ」
「わかった」
「ねぇ」
レイラが不安そうに僕を見る。
「You are all right, aren't you?(大丈夫よね?)」
「Of course.(もちろんだよ)」
レイラがしがみついてくる。まるで子供だ。
「Layla, I'll be OK. You see? (レイラ、僕は大丈夫だから。ね?)」
頷くレイラを見て、ぽんぽんと背中を叩いてから身体を離す。そしてまた日本語に切り替えた。
「お茶を用意しておいて。人数分。そうだな…棚の奥に取っておきのダージリンのセカンドフラッシュがあるんだ」
「そんなもの…隠してたの?」
「うん。だから…待ってて。終わったら…連絡するから」
身体を一旦離したのに、彼女はぎゅぅと抱きしめてきて、そして僕にキスをした。唇に温かい感触を感じた後に、ホクロがついた色っぽい唇が離れていく。
「本当に大丈夫なのね? 何か考えがあるのね?」
僕は肩をすくめた。
「あるよ。僕がプランを考えないわけないでしょ。プランAからCまで考えてあるよ。大丈夫。相手を皆殺しにしてでも、二人は取り返す」
レイラが身震いした。
「あなたが言うと洒落にならないわ」
「洒落じゃないからね。本気だよ」
「わかったわ。でも、相手をやっつけるよりもあなたの無事を優先して。待っているから。だからちゃんと、あなたも無事で帰ってきて」
「わかった」
「皆が日本についたら、引き連れて乗り込むわ。だから何かあってもそれまでは持ちこたえてね」
それはそれで大事になりそうで怖いな。
「わかったよ」
僕は彼女を心配させないように、できるだけ気楽な様子でひらひらと手を振って家を出た。




