第7章 視線(11)
僕の説明に二人は驚くやら怒るやら。ああ。もう。本当にごめんって。まいってる僕をレイラは面白そうに見ているし。まったく。
そしてようやく話は本題に行き着いた。総司が襲われた場所について…だ。
「それで? どこで買い物をしていたの?」
「『やおハチ』から、道路を渡って『肉まさ』に行こうと思って…突然」
本当に近所だ。歩いて10分ぐらいの商店街だ。それを聞いてレイラがすっと立ち上がった。
「ねえ。そこに案内して? 周りに訊いてみるわ」
僕は目を瞬いてから…レイラの能力を思い出した。同じくソファから立ち上がって、座ったままの彩乃と総司を見る。
「レイラと一緒に現場を見てくる。もしかしたらレイラが情報を拾えるかもしれないからね。二人はここにいて。鍵はしっかり閉めて」
彩乃が頷いた。
「行こう」
そう声をかけて、レイラと共に商店街へ向かった。
商店街の入り口。すでに街灯だけで店は全部しまっている。その片隅で、レイラはしゃがみこんだ。後ろから覗き込んでいるうちに、彼女の足元に黒いものがウジャウジャと集まってくる。
思わず僕は目をそらした。台所で稀に見ることがある、黒くて光っている昆虫。あれだ。勘弁してくれ。
あまりに見るに耐えなくて、思わず背中を向けて立っていると、レイラがポンと肩を叩いてきた。
思わず飛び上がる。まさか乗せてないだろうな。例の黒いの…。
僕は恐る恐る自分の肩を見た。そして息を吐き出す。レイラの白い手だけだ。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと生理的嫌悪感が…」
そう答えれば、レイラはその魅力的な唇に笑みを乗せた。
「あなたにもそういうものがあるのね」
「あるよ。そりゃ」
おかしそうにくすりと笑う彼女にむっとしてため息をついた。
「濃い色の服の男…だそうよ。細かい描写は無理ね。虫だし」
ああ。あれか。僕がけり倒した奴も黒い服を着ていた。っていうことはそいつか? 濃い色の服を着た男なんて、山のようにいるし、それだけじゃ絞り込めない。
「あとは金髪…ね。多分」
「はい?」
「落ちていたのが、黒髪じゃなかったんですって。明るい色よ」
「ああ。じゃあ、やっぱり僕が総司を助け出すときにけり倒した奴だ。金髪だった」
「収穫なし…ね」
レイラががっかりしたように肩を落とした。その横で僕は考え込む。まったく分からない。
四月中旬から始まった監視。金目当てとは思えない。対象が総司。
四月中旬? 何故監視が始まった?
そのころ何があった? いや、その前か?
総司が来たのが三月の下旬。一ヶ月足らずの間に何があった?
…。
思い出すのは…総司の家出。高圧線の鉄塔の上にいた総司。
どうやって登った?
「レイラ。とりあえず家に帰ろう。確かめたいことがある」
「え? ええ」
僕はレイラの手を引くと、早足に自宅への道を歩き出した。
そして…自宅のドアの前。
「何、これ…」
レイラの口から吐息のような声が漏れた。
ドアがこじ開けられていて、リビングは何かが暴れまわったように、色々なものが散乱していた。テレビは倒れ、オーディオは元の位置とは違った場所に転がっている。
硝煙の匂い。ここで銃が使われた。床に落ちている血。欧米人特有の体臭も残されている。
「総司! 彩乃!」
二人の姿も、二人の気配もない。階段を駆け上がり、二階を見て回った。二階は荒らされた様子は無い。そのままで…誰もいない。
ダイニングの器材は一部、机の上から落ちていたけれど、殆どが手付かずのままだ。
僕は床に落ちている血に恐る恐る手を伸ばして、指にとって舐めた。…総司の血だ。量は多くない。ふと見るとソファの足元に薬莢が転がっていた。一発。
「許さない…」
僕は自分の瞳が紅く染まっていくのを感じた。




