第7章 視線(10)
僕はリビングに降りて、ちらりとレイラを見た。ダイニングテーブルの上からレイラが視線を上げる。
「盗難車」
「あ、やっぱり」
トラックは盗難車だった。そうだろうね。
僕はどさりとソファに身体を投げ出した。腕を頭の後ろで組んで、天井を眺める。
なぜ総司なのか。現代に来たばかりで、知り合いも少ない。金目当てとも思えない。
あの沖田総司とばれたら、そりゃ、誘拐してでも…と思うかもしれないけれど、それにしてはやることが荒っぽい。トラックの荷台に転がしておくなんて、ファンだとも思えない。
それに僕らが話さない限り、総司が自分からバラすと思えないし、和泉さん…海さんと小夜さんが漏らすとも思えない。
誰が、何故、何のために?
ごとんごとんと重い音がして、総司が彩乃に支えられて階段を下りてきた。
「総司…大丈夫?」
僕が訊けば、二人してソファに座って、総司が弱弱しく微笑んだ。
「何が何だか…」
総司が首筋を摩りながら答える。
「買い物をしていて、次の店に行こうと思ったら、いきなり首筋に何かが刺さったと思ったら記憶がないんです」
思わず僕は眉を顰めた。さっきの針みたいな奴だ。
彩乃がじっと僕を見てくる。
「お兄ちゃん。何が起こってるの?」
「え? えっと…何も」
「うそ」
じっとりとした視線で僕を見る。その視線に総司のそれも加わった。さらに彩乃が口を開く。
「レイラちゃんがいるのは…遊びに来たたけじゃないよね?」
彩乃と総司には、いとこのレイラが遊びに来ていて、機材は彼女の趣味だと説明していた。
「えっと…」
言いよどんだ僕の肩に、いつの間にか隣に座っていたレイラがぽんと手を乗せる。
「You lose. I suppose you are at a loss for words. (あなたの負け。返す言葉がないでしょ)」
僕はため息をついた。彩乃やリリア相手に僕が言葉に詰まるのなんていつものことだけど…悔しいからレイラには黙っておくことにする。そして彩乃と総司に視線を移した。
「実は数日前から…監視されてる。家の周りにカメラが付いてた」
二人の目が見開かれる。
「だからレイラに来てもらった。情報の行方を調べてもらうためにね」
「なんで…言ってくれなかったの?」
「心配させたくなかったし、狙われてるのは僕だと思った」
彩乃が自分の右手を自分の左手で握り締めた。関節の色が白くなるぐらい、ぎゅっと。そして俯いた。
「早く解決したかったんだけどね。総司が狙われると思わなかった。ごめん」
「違うよ。お兄ちゃん」
彩乃が俯いたまま搾り出すようにして声を発する。
「違う。お兄ちゃんは分かってない」
「何が?」
「わたしは総司さんが狙われたことだけを言ってるんじゃないの」
「え?」
「総司さんは…大事だよ。凄く大事だけど。お兄ちゃんも大事なの」
「うん。僕も彩乃たちは大事だから、心配かけたくなかったんだよ」
「違うの。そうじゃないの。お兄ちゃん。お兄ちゃんになんかあったら、どうするの?」
「いや、僕はなんとかするし」
彩乃が顔をあげて、悲しそうな顔で僕を見る。
「なんとかできなかったら? お兄ちゃんがいなくなったら…わたし…どうしたらいいの?」
僕は思わず目を瞬いてしまった。
「相手は…多分、人間だよ?」
「お兄ちゃん、新撰組にいるときに、いつも言ってたじゃない。『僕たちは不死身じゃない』って。だから気をつけてって。わたしにいつも言ってた。どうして自分のことは大事にしないの?」
彩乃の目からぽろぽろと水滴が流れてきて、頬を伝って落ちていく。
ああ。弱ったなぁ。完全にお手上げだ。
思わず助けを求めるようにレイラを見れば、面白そうに僕を見てるし、総司に視線をやれば、総司も彩乃と同じ気持ちなのか、ちょっと怒ったような表情で僕を見ている。
「彩乃。ごめん」
彩乃は再び俯いた。俯いた顔から、ぽつりぽつりと手の上に水滴が落ちていく。
「ああ。本当にごめん。彩乃。だから泣き止んで」
弱ってそう言うと、総司が彩乃の肩を抱き寄せた。そしてなだめるようにぽんぽんと頭をなでながら僕を見る。
「私も彩乃さんと同じ気持ちです。俊。少しは頼って欲しかった。いくら俊が強いって言っても、一人は一人。多勢に無勢って言葉もあるんですから」
これは総司も怒ってるな~。
「わかった。ごめん。謝る」
僕は両手をあげて降参のポーズをする。そして改めてもう一回、ここ数日の状況を説明した。




