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第7章  視線(5)

 どうやら部屋に入って、ベッドの上で本を読んでいたら寝てしまったらしい。下の階から大騒ぎが聞こえる。


「彩乃さん! 大丈夫ですか?」


 総司の声がして、彩乃がうめく声が聞こえた。レイラが早口に英語で何か言うけれど、彩乃と総司には理解できていないようだ。


 なんだろう?


 僕はまだ半分眠っている頭を振ると、階段を下りた。


「何? どうしたの?」


 僕の目の前には彩乃がお腹を押さえてうずくまっていて…。


「彩乃?」


 僕は思わず走り寄った。


「どうした?」


 彩乃がのろのろと顔を上げた。


「お腹が…痛いの…。ずっと…」


 ずっと? 僕らの一族で痛みが持続するなんて、聞いたことがない。病気にはならないし、怪我だってすぐに治る。


「いつから?」


 そう問えば、総司が答えた。


「一刻ぐらい前からです」


 一刻…えっと二時間ぐらい前か。


「とにかくベッドへ」


 僕が運ぼうとするよりも早く、総司が彩乃を抱きかかえた。そのとたんに彩乃から血の匂いが香った。


「なっ」


 僕と総司が絶句すると、ひょいっとレイラが彩乃を総司の腕から奪う。


「あっ」


「I'll look after her.(彼女のことは私に任せて)」


 総司が取り返そうとするのを、レイラは壮絶な笑みでその動きを制す。


 これは…あれか。女性特有の…なんとなく僕らは状況が読めて…読めたんだけど…どうしていいか分からず…。


 レイラが彩乃を抱きかかえて二階に上がるのを見送ってしまった。


「あの…俊…」


「何?」


「あの異人…いえ…外国人…誰です?」


 僕はため息をついた。そういや紹介してないな。


「レイラ。僕と彩乃のいとこ」


「えっ! でも異人…いえ…外国人です」


「僕の父さんも外見は外国人だよ。目なんて青いし」


「あっ…」


 総司は彩乃から聞いた話を思い出したらしい。


「そういうこと。僕らの母方が日本人だからね。だから彩乃も僕も日本で違和感がないだけ」


 猫のように足音を立てずにレイラが階段を降りてくる。


「レイラ、彩乃は?」


 僕は英語に切り替えて尋ねた。


「しばらくしたら慣れると思うわ。痛いのは3日間ぐらい」


「そんなに? どうにかできないの?」


「無理。人間の痛み止めは効かないし。一族の女の宿命ね」


 そう言って、ちらりと総司を見る。総司は僕を驚きの表情で見ていた。そう言えば英語で会話しているところは初めて見るんだっけ。


 僕は取り急ぎ総司をレイラに紹介し、レイラを総司に紹介した。総司が眷属であることと一緒に住んでることも付け加える。


 総司はレイラの足を見て、胸元を見て、ぎょっとして視線をずらして、顔を真っ赤にした。


 ちょっと露出が多めだけど、これぐらい普通だって。まあ、レイラの足は長いし、胸元にかけてのラインも綺麗だから見とれる奴が多いけどさ。


 僕は総司の態度を無視して、レイラに向き直った。


「悪いけど総司は英語を喋れないから。日本語でよろしく」


 そう伝えれば、彼女はちょっと顔をしかめてから、日本語に切り替えた。


「久しぶりに使うから忘れてる…。えっと…彼が彩乃のsteady?」


 総司は意味を掴めなかったので、代わりに僕が答える。


「そうだけど?」


 レイラがため息をついた。そしてリビングに突っ立ったままの僕らを放ってソファに座る。


「私たちは…野生の動物に近い…でしょ?」


 まだ日本語が上手く出ないらしくて、ちょっとイライラしつつもレイラは説明を始めた。僕と総司もレイラの前に腰掛ける。


「だから…えっとsteadyを持って、その人の子供が欲しいって思うと…身体が準備するのよ」


「あの…すてでーっていうのは?」


 総司の質問に僕は答えた。ステディっていうのは決まった恋人のことだ。そう伝えたとたんに総司の顔がやや赤くなり、そして幸せそうにへにゃりと笑った。


「人間と違って、期間も短いし軽いけど…。でも避けられない。どうしても血が足りなくなるから…気をつけてあげて」


 総司はレイラにしっかりと頷いた。そしてはっと気付いて僕のほうを向く。


「こ、この場合、血を飲ませるとか…したほうがいいんでしょうか」


「まあ、そうだろうね。冷蔵庫に保存用血液があるから、後で持っていってあげて」


 総司は頷いた。


「steady…恋人を持って長くなれば、そのうちに自分でcontrolできるようになるし」


 僕はレイラの言葉に混じった英語を総司のために訳してやった。コントロール、制御だ。


「初めて恋人ができると…surprise…えっと…驚くものよ」


 そう言ってからレイラは僕をじっと見た。僕は黙ってその視線を受け止めるしかない。


「お腹に手をあてて温めてあげると…feel better…えっと…少しは良くなるみたい。あと背中をさすってあげて」


「わかりました」


 総司はそう言うと、そのまま一目散に二階の彩乃の部屋へと上がっていった。


 僕とレイラは総司の背中を見送って、そして二人してため息をついた。


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