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間章  旅行 3日目

------- 彩乃 side ----------


「彩乃? 起きた?」


 気付いたら朝日が差し込んでいた。


「総司さん?」


 声はベッドじゃないところがしたから、きょろきょろと周りを見回せば、ホテルのバスローブを着て、窓に寄りかかってこちらを見ている総司さんと目があった。


「総司さん?」


「はい?」


「何を見てたの?」


「ビルと…車と…彩乃の寝顔」


 思わずぽっと頬が熱くなる。総司さんがベッドへと歩いてきて、そしてわたしを見下ろした。


「どうする? 起きる?」


 わからなくてパチパチと瞬きをすれば、総司さんがふっと笑って、わたしにキスをする。


「今は朝の六時…。チェックアウトは昼。もうちょっと…寝ていられるけど?」


 すりすりと頬を傍にあった総司さんの腕に摺り寄せる。


「いい匂い…総司さんの匂いがする…」


 総司さんが困ったように笑った。


「汗臭いでしょう」


「ううん。総司さん…木の匂いがする…。土と木と…森の中にいるみたいで…安心する」


 うっとりと彼の香りを感じながら話せば、総司さんがぎゅっと抱きしめてきた。


「彩乃も…甘い香りがする」


 思わず顔をあげて総司さんを見た。


「そう…なの? どんな?」


「うん…りんご…」


「りんご…?」


「うまく言えないけれど…」


「総司さんの…好きな匂い?」


 そう尋ねたら、総司さんがにっこりと笑って、わたしの額に唇をつけた。


「大好きな…匂い」


 思わず総司さんに巻きつけた両手に、ちょっとだけ力をこめた。


「嬉しい…。好き…」


 そう呟けばキスが落ちてきて、そして総司さんがわたしの傍に身体を横たえる。


「ちょっと休憩したら、出る?」


 よいしょっと声をかけてから、わたしの頭を総司さんの腕に乗せる。腕枕の状態が嬉しくて、わたしは総司さんに擦り寄った。しばらく頬を総司さんの腕と胸にこすりつける。匂いつけみたいだけど、なんかそうやっていると気持ちいいの。


「そうやっていると、猫みたい」


「嬉しいの。総司さんの傍にいるのが」


 わたしは顔をあげて総司さんを見れば、総司さんが優しい目でわたしを見ていた。


「折角だから…最後の日もあちらこちらに見に行こう」


「うん」


「もう起きられる?」


 わたしはちょっとだけ、このぬくもりが名残惜しかったけど…でも総司さんと京都の街も見て周りたいし…こくんと頷いた。


「じゃあ」


「きゃっ」


 総司さんがわたしの身体ごと、身体を起こしたの。びっくりした。


 そしてシャワーを浴びて身支度を整えて、チェックアウトする。




 三条から四条へと抜けていく。あの時代によく巡察したコース。荷物を持ったまま、二人で歩いていた。


「まったく変わってしまいましたね」


 総司さんの言葉が戻っていて、ちょっと不安になって、荷物を持っていないほうの手で、ぎゅっとしがみつく。


 とたんに気付いたみたいで、「あっ」と小さく声がする。そしてあやすようにわたしの手をぽんぽんと叩いた。


 そして通りかかる池田屋の前。もう何もなくなっていて、一瞬通り過ぎてから、思い出して戻ってきて…ぽつんと碑が残っていて…名前を使った居酒屋になっていた。


「あ~。なんというか…」


 二人で顔を見合わせて、思わず吹き出した。来るのが怖かった…。わたしが初めて人を殺した場所。でも潔いぐらいに何もなくなっていたのが、わたしの心を少しだけ軽くした。


「あのとき…総司さんの呼吸が止まっているのを聞いて…総司さんが大事だって心の底から気付いたの…」


 思わず視線が落ちていく。


「彩乃?」


 自分の足先を見ながら、言葉を続けた。


「総司さんの呼吸の音には特徴があって…だから止まっているのがわかって…本当はわたしが行きたかったけど、お兄ちゃんに止められて、お兄ちゃんが助けに行ったの」


 総司さんはじっとわたしの言葉を聞いている。


「わたしは応急処置とか…できないし…総司さんを助けられないから…。そうしたら敵が逃げてきて…斬らなくちゃって…」


 総司さんの手がぽんぽんとわたしの頭を撫でた。


「いいよ。彩乃。もういいから。終わったから」


「うん」


「私は無事だし。今は彩乃の傍にいるし。俊に感謝しないと」


「うん」


 顔を上げると総司さんが温かい笑顔でわたしを見てる。


「それに…どうやらそのときに俊が助けに来たから、私は一族に加わったみたいだし」


「うん…わたしが知っている中では…お兄ちゃんしか…一族に加えることはできないみたいなの…」


「じゃあ、らっきょだった」


「ん?」


 らっきょ? 食べるらっきょう? 思わず首をかしげてから、総司さんが何を言いたかったか気付いて、両手をポンと叩いた。


「あ、ラッキー!」


 総司さんの頬が赤くなる。


「そ、そう。ラッキー」


 そしてぶつぶつと、まだ難しい…とか言っていて笑ってしまった。


 それから総司さんと歩きながら、あの時代にどんなお店があったか…とか、どんな買い物をしていたか…とか、思い出話をしながら、京都の街をぶらぶらと歩いていった。



 帰りの新幹線。相変わらず飽きずに外を見ている総司さんの肩にそっと頭を乗せる。


「彩乃?」


「肩をかしてね」


 そう言って総司さんの肩に頭を預けたまま目を閉じる。不思議…。行きにはこんな風に甘えられなかったのに…。たった三日の旅がわたしを変えてしまった。


 総司さんの傍で生きていく。その気持ちがとっても強いものになっている。


「彩乃? 眠ったの?」


 半分落ちかけたまどろみの中で、総司さんの声がする。


 総司さんがそっとわたしの肩に手を回して、わたしの頭が肩から落ちないようにしてくれる。


 わたしは…もっと変わっちゃうのかな…。でも総司さんと一緒に変われるなら…それでいいかも…。


 ふわふわとした意識の中で、総司さんの匂いに包まれて、ゆっくりとまどろむ。幸せって…多分…こんな形だと思うの…。うん…。


 総司さん…わたし…総司さんと…一緒なら…いつでも幸せ…。


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