間章 旅行 1日目(10)
--------- 総司 side --------------
腕の中に眠る彩乃を夢のような気持ちで見ていた。彩乃に出会って、惹かれて、一度は諦めて…。しかし再び出会って。このような状況になって、このように想いを遂げることができるとは思っていなかった。
絹糸のような手触りのいい髪を撫でていたら、不意にぱちりと目を見開いて彩乃が顔を上げた。そして私をじっとみる。その目つきは先ほどまでとは違い、探るような、試すような目つき。
そして私は思い当たった。
「リリア…」
名前を口にすれば、目の前で唇の両端が上がった。顔は同じ。姿もそのまま。しかし雰囲気がまったく違う。
「よく分かったね」
同じ声なのに、声の出し方が違うだけで別人のようだ。俊の言葉を思い出した。
『彩乃もリリアも僕の妹だ』
どうすれば正しいのか…なんて分からない。
「ちょっと、離してくれる?」
リリアが腕の中でもがいた。それに逆らうように、腕に力をこめる。
「嫌です」
「ちょ、何考えてるのさ。あんたは彩乃の彼氏でしょ」
じっと見つめれば、戸惑うように視線が逸らされた。
「あたしは、彩乃とは違うんだから」
「何故?」
「同じ身体でも、あたしと彩乃は別人なの」
「あなたは…俊の妹ですよね」
「そうだけど…それとこれとは別」
「私が好きになったのは、俊の妹で…いろんな顔を持ってるって思ってはいけませんか」
そう言ったとたんにリリアの目が見開かれた。
「あんた、あたしと彩乃を一緒にしようっていうの?」
「一緒にというか、両方を私の恋人として受け入れようとしているだけですよ」
「そ、それって最低じゃん」
「そうですか?」
「だ、だって…彩乃が好きなんでしょ? あたしは彩乃じゃないもん」
「両方の部分を好きになってはいけない?」
「えっ?」
「表面は弱そうに見えるのに、内面は強い彩乃。表面は強そうなのに、内面が弱いリリア。私からは表裏一体に見えます」
「な…」
私は間髪入れずにリリアに口付けた。
「や、やめて…」
そう言いながらも、私の腕を振り払えない弱い抵抗に笑ってしまった。多分、そう。分かっている。リリアの中にいる彩乃。彩乃の中にいるリリア。両方とも私の恋人だ。だから私は強気に出た。
「大丈夫だから。私を好きになっておきなさい」
リリアの目が見開かれて、そして泣きそうな表情になった。
「だって…彩乃の彼氏なのに」
「嫌?」
「ダメ…じゃないの?」
「何故?」
「だって彩乃とあたしは違うから」
「違うから問題がある?」
「だって…あたしは…」
「私を好きになれない?」
そう言ったとたんに、リリアが首を左右に振った。
「でも、ダメだよ」
「何故?」
「彩乃の彼氏でしょ」
「あなたの恋人でしょう」
リリアの目が見開かれて、私をじっと見てくる。
「あなたは彩乃でもあり…リリアでもある…違う? あなたの両面を好きになってはいけない?」
リリアの目に水滴が浮かぶ。それが正解かどうかなどわからない。しかし今日のこの日を決めたときに、私の中にこの覚悟もあった。
「大丈夫。まとめて受け入れる。それぐらいの度量はあると思う」
「うん…」
「どんなあなたでも好きだから。あなたはあなただから」
「うん…」
「寂しかったでしょう?」
そう言ったとたんにリリアがしがみついてきた。
まるで子供のような姿を晒してくれたことに、思わずほっとしつつ背中に回した手で、ぽんぽんと優しく叩く。
「リリア」
名前を呼んで頤に触れながら顔を上げさせて、もう一度口付けた。
口付けに応えるおずおずとした不器用な舌使いが、彩乃との初めての深い口付けを思い出させた。そして漏れる吐息や、しがみついてくる仕草は同じもので、同一人物であることを改めて印象付ける。
「あなたを…手に入れていい?」
そう問えば、リリアは真赤になった。
「そ、そういうことは聞くもんじゃないでしょっ!」
耳元で怒鳴られる。
私は思わず笑ってしまった。
「じゃあ、聞かない。あなたも手に入れる」
「欲張りっ!」
「そうだよ。知らなかった?」
何かもっと言いたそうな唇を、深い口付けで黙らせた。




