間章 旅行 1日目(8)
俯いたわたしを総司さんの声が追いかけてくる。
「じゃあ、彩乃が私を守って」
え? 何を言っているの? 思わず顔をあげると、総司さんが柔らかく微笑んでいた。
「私は彩乃を守るから、彩乃も私を守って。そうしたら、お互い死なない」
それって…。なんかごまかされた気がするけど…、でも、今はそれでもいい。
「うん」
わたしがそう返事をすれば、また総司さんの腕の力が強くなる。
「ずっと…一緒にいましょう」
「はい」
思わず言葉が戻ってしまったことにお互い気付いて、思わず笑った。
「好き」
わたしがそう言えば、軽いキスが届けられる。
「愛してる」
総司さんが微笑んで…そこでわたしはあることに気付いた。
「総司さん、『愛してる』って言葉…どこで知ったの?」
前にお兄ちゃんが言ってた。あの時代の人は「愛してる」っていう言葉は使わない。
総司さんの顔が真赤になる。
「えっと…使い方が間違っていました?」
「えっ? ううん。間違ってないよ。総司さん、言葉が戻ってる」
「あ、すみません。焦って…えっと。いや」
慌ててる総司さんはちょっとかわいいって思ってしまった。
「落ち着いて。総司さん」
総司さんは、はぁっと深く息を吐き出した。
「ダメだ」
「え?」
そして総司さんが苦笑いをする。
「彩乃の前で完璧にしたかったのだけれど。失敗」
「何を失敗したの?」
総司さんはわたしを抱き寄せて、首筋に頭を預けてくる。総司さんの表情は見えなくなってしまった。
「俊ですよ」
「はい?」
「他の男の話をしないでおこうと思ったのに…」
「お兄ちゃんだよ?」
「それでも…男だから」
総司さんはわたしの首筋から頭を離すと、わたしの目を覗き込んできた。
「彩乃」
「はい?」
「たとえ俊でも、気持ちを許しちゃいけません」
「えっ?」
だってお兄ちゃんなのに?
「いいです。わからなくて。でもあなたは私のものだから」
「うん。わたしは総司さんのものだよ」
わたしはぎゅっと総司さんに抱きついた。そして顔をあげて総司さんを見る。
「そして総司さんは、わたしのものだから」
「はい?」
「そうでしょ?」
総司さんはちょっとだけ考えて…そして笑った。
「そうですね。そうなりますね」
「総司さん、言葉が戻ってる」
「あ、ごめん」
総司さんが軽くキスをしてくれる。
そして、はっとしたように顔をあげた。
「そうだ。ちょっと待っていて」
わたしが見ている前で、総司さんは机の下にある冷蔵庫を開けた。冷蔵庫の明かりがちょっとまぶしくて、目を細めたら、すぐに総司さんが何かを持って戻ってきた。
「お弁当」
総司さんがわたしに振って見せたのは、銀色の水筒。思わず顔が強張るのを感じる。




